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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子歌集『地上には春の雨ふる』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
典子

──村島典子の歌──(19)

     村島典子歌集『地上には春の雨ふる』・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                       ・・・・・・・ながらみ書房2014/05/29刊・・・・・・・・・

この歌集は、私が敬愛する村島典子さんの第五歌集である。
本日ご恵贈されてきたので、ご披露する。
村島さんの歌については、発表される度に、ここで紹介してきたが、この歌集には、それらの作品がほぼ収められている。
即ち、2007年早春から2013年初冬までの作品四百首が、ほぼ年代順に収録されている。
先ず、題名の採られている一連を引いておく。

          地上には春の雨ふる

   きさらぎの淡海かすむ琵琶のうみ万(よろづ)の鳥のこの世にあそぶ

   朝もやの水面に降りてあそびたり父ははそしてこぞ逝きしひと

        武田百合子『富士日記』を読みつつ五首。
   本の中のことにてあれど犬が死にわたしは哭きぬ机に伏して

   著者の日々読みつぎくればその夫、娘、その犬身内のごとし

   日に三度の献立よむも面白し濃やかなりし百合子の暮し

   泰淳の死は近づくか、死の予感「日記」にあふる胸つまりたり

   ただ過ぎに過ぎゆくものと記されし春夏秋冬しみじみとして

   ☓ 父ははも師もいませねば夜に爪切りて咎めらるることなしさみし

   ☓ 秋埋めし球根なれば芽を出せりはや忘れゐしところにも出づ

   ☓ 水の中歩かむとして出できたり雨しげきなか傘さしながら

   ☓ きさらぎの水中ウオーク雨の日も春です雨を見ながらあるく

   立ち話する肩ごしに見えゐたり美容室に髪洗はるるひと

   ☓ 此の月は修繕月となりぬべし外科歯科内科医者めぐりする

   ☓ 待ち時間二時間にしてぐらぐらと生身のわれ石となるまへ

   ☓ 神経を殺すとたやすく言ひきられ麻酔の口がまず従へり

   「この歳になつても死にたいと思ふ日があるのよ」晩年に言ひしか白洲正子

   かくありて春はめぐりぬひと日づつ死者にちかづくわれと思へり

   地上には春の雨ふる雲上は快晴である昨日もけふも

   ☓ 父ははの位牌にならび微笑みます至誠院釈道登居士こぞの春より

ここに書き抜いたのが「晶」に載る初出の歌だが、その中から「☓」をつけた歌が削除されている。
そして、別のところから、下記の歌が持って来られて繋がれている。

   花二三分咲くとし聞けば落ちつかずさむき夕べの川辺まで来つ

   さりながらなづなたんぽぽほとけのざ可憐な花は野に揃ひたり

   朝なさな鳴くウグヒスに声あはせ鳴かずにをれずほゝほゝほきい

これが歌集の「編集」ということである。
また私には初見の歌の一連もある。 「アリラン碑」という一連である。

            アリラン碑

   山羊の頭蓋波に洗はれゐたりけり遠世のごとし渡嘉敷の浜
                  ・
                  ・
                  ・
      渡嘉敷島南方の山の中腹に、朝鮮人従軍慰安婦の碑がある。
        この島への配置は七人。内四人は戦時中非業の死を遂げ、二人が終戦時に脱出。
        一人は残留の後孤独死なせると言ふ。


   ハングルの詩文刻みし陶器盤のいしぶみありぬアリランの碑なり

   鱗もつごとくに光るアリラン碑この島に死にたりき慰安婦四人

   和名にて呼ばれたりしよハルエ、カツコ、キクマル、スズラン、ミツコ、アキコ

   韓国名ペ・ホンギ、アキコ残留の後ニッポンに孤独死なせり

   朴ハルモニこの渡嘉敷の浜に立ち故国おもひき海のかなたの

   コンペイトウ恵みもらひし少年の語るアリラン慰霊モニュメント

今しも韓国女性慰安婦の問題が論議されている。日本人としての「恥部」の記憶として、これらの女性たちには十分な補償がなされなければならないだろう。
ましてや、「従軍慰安婦の問題は存在しない」かのようなことを言う輩は論外である。
ここに村島さんが一項目を設けて歌を発表された「良心」に最大の敬意と賛意を表するものである。
そして、ここに「アリラン碑」を建てられた島の皆さんにも感謝を捧げたい。
また、下記のような一連もある。

                  秘匿特攻艇壕

         渡嘉敷島の渡嘉志久ビーチに秘匿特攻艇壕が一つ遺されありき。
            このビーチから米兵は上陸せり。敵戦艦に体当たりし、撃沈させる目的ら造られしベニヤ板のボートは、
            一艇も使はれず、米兵の上陸に至りぬ。


   くろぐろと離島(ぱなり)のいくつ洋上にすがた現る船にゆくとき

   かの人の母国ならむかまぼろしの半島あらはれ消ゆるつかの間

   島々のあひだにすごき朱を曳きて夕日ありけり林間ゆみゆ

   光の帯ひきつつ慶良間の海に入る凄まじきかなこの世の落暉

   海浜の丘を穿ちて造られしとふ壕のひとつが遺されにける

   秘匿特攻艇隠されし壕のまへに立つ上陸戦は幻影ならず

   自沈せし特攻艇はベニヤ製爆雷二個を装備されたり

   隊員の生還不可といはれたり挺身隊は出撃せざりき

沖縄の地は日本本土を守る前線基地として、あまたの人の血にまみれた戦場だった。
我らは、このことを深く脳裏に刻み、身を処すべきだろう。 これらの一連を歌にされた村島さんに改めて敬愛の念を捧げたい。

この歌集に収録された多くの歌については、先に書いたように、発表される都度、ここで紹介してきたので、多くは繰り返さない。
ここに、ご恵贈に感謝して披露申し上げる次第である。 有難うございました。   



   
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