牧神の午後ならねわがうたた寝は
白蛾の情事をまつぶさに見つ・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
秋の季節は生き物の世界でも越冬に備えて、卵の状態で冬を越すものが多いから交尾をして卵を産むのに忙しい繁殖期だと言えるだろう。
「白蛾の情事」というのも実景としても見られるものである。
しかし、この歌ではそれは添え物であって、私の詠いたかったのは「牧神の午後」というところにある。
はじめに、ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲(ピアノ独奏) 演奏:土佐礼佳(全音版)のさわりの部分を出しておく。
この動画は「全音」企画のYouTube版らしいので、削除されることはないと思われる。
シュテファヌ・マラルメについては ← が詳しい。


↑ポール・パレェ指揮による「ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲」CDのジャケット。
『牧神の午後』 L'Après-Midi d'un Faune はフランスの詩人シュテファヌ・マラルメの「長詩」である。
着想そのものはギリシァ神話に基づいている。
物語自体は非常に単純なものである。水辺でニンフたちが水浴びをしている。
そこへ彼女たちの美しさに目を奪われた牧神パンが仲間になりたいとやって来るが、ニンフたちはパンが半獣半人の姿なので驚いて逃げてしまう。
追っかける、逃げる、の繰り返しの中で、一人のニンフだけがパンに興味を示し、パンも求愛の踊りをする。
愛は受け入れられたかに見えたが、パンが彼女を抱きしめようとするとニンフは逃げてしまう。
パンは取り残されて悲しみにくれたが、彼女が落としていったスカーフを見つけ、それを岩の上に敷いて座り「自慰」(オナニー)する。
マラルメは、これを劇として上演したかったが無理と言われ、マネの挿絵付の本として自費出版した。
これに感動したドビュッシーが、マラルメへのオマージュとして『牧神の午後への前奏曲』を作曲する。
マラルメの夢のバレエ化が、20年後にニジンスキーによって実現されることになったのである。
初演は1912年5月29日、ディアギレフ・ロシア・バレエ団で、パリのシャトレ劇場において、ワスラフ・ニジンスキーの主演で催行された。
当時、このラストシーンで、ニジンスキーは舞台の上で恍惚の表情を見せ、しかも最後には「ハー」と力を抜く仕草までして見せたと言い、
彼の狙い通り「スキャンダル」の話題を引き起こしたという。
クラシック・バレーに仕組まれた歌劇については ← に詳しい。
↓ 写真は牧神パンとニンフのイメージである。

↓ 写真に「蚕蛾」を出しておく。

この蛾は、人間が改良したもので、飛ぶ力は、全く、ない。羽根は退化して体重に比べて極めて小さい。
蚕蛾の場合は、ここまで蛹から成虫になること自体が人工的であって、普通は繭から糸を取り出す段階で熱湯で茹でられてしまって死んでしまうのである。
蛾は雌雄が引き合うのに雌が出す「フェロモン」を雄が感知して、羽根を震わせながら狂ったように寄ってくる。
今では、こういう蛾の習性を利用して、「生物農薬」として、特有のフェロモンを合成して、特定の蛾の害虫の誘引に使っている。
蛾にとっては交尾は「本能」であって「情事」との認識はないのだが、この歌の中では「擬人化」して、情事と詠ってみた。擬人化は文芸の常套手段である。
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