
白 鳥・・・・・・・・・オルダス・ハックスリー・・・・『レダ』より
白鳥はその閉じた壮麗な翼をゆっくりとふるわせ
自分のうえに、柔らかな光の陰の白いテントを張った
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この詩は、ジェイナ・ガライ『シンボル・イメージ小事典』(社会思想社・現代教養文庫、中村凪子訳1994年)に「白鳥」という項目のはじめに載るものである。
原題はJana Garai THE BOOK OF SYMBOLS である。

この本については先に採り上げた。図版②にその写真を出しておく。
以下、この項目の全文を長いが引用する。
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詩人のシンボルであり、詩人のインスピレーションの源であり、ウェルギリウスとアポロンの魂そのものである白鳥は、美しい姿と優雅な動きが忘れがたい印象を与える。
ウェヌス(ヴィーナス)は水に映った白く柔らかく、ふくよかな自分の体を見て、白鳥を自分の鳥とした。
そこで白鳥は、官能的な裸身を持ち、しかも貞節な処女というイメージで詩にうたわれた。
しかし、白鳥はいま一つ別の意味をもつ。
水にさしのばされる力強く長い首は男性としての意図をもつものとされ、両性を表わす二重の意味をもつことによって、白鳥は満たされた欲望を象徴するようになった。
この不思議な両性具有という相反する二つの性質のゆえに、白鳥は神話のなかではもっとも深い尊敬の念をもって扱われ、また呪術的な意味をもつものとされた。
騎士も、そしてまた処女も、ともに白鳥の羽をまとって変身する。ユピテルは白鳥となってレダのもとへ飛び、ローエングリーンはエルザのもとへ飛ぶのである。
ケルト神話によればケールはある年ケルトの乙女に、次の一年は白鳥に姿を変えて、貴公子アンガスを誘惑する。
瀕死の白鳥が歌うという神秘の歌は、プラトンやアリストテレスさえ信じたが、いま一つ欲望の充足という隠された意味をもち、その欲望は死を代償とするものであった。
王家の紋章、あるいは居酒屋の看板に、竪琴とともに描かれた白鳥をしばしば見るが、これは白鳥の歌についてさらに深い説明を与えている。
竪琴の音は熱情的でもの悲しく、地上の苦しみへの哀歌を奏でる。
情熱的な白鳥はこの切々とした旋律と結びついて、詩人の悲劇的な死や、芸術に身を捧げた人びとのロマンティックな自己犠牲の精神を象徴するのである。
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↑ コレッジョの絵 (ベルリン 絵画館)
西洋の絵に見られる「レダ」には必ず白鳥が共に描かれる。
これはギリシア神話に由来するが、上に書かれたことが頭に入っていれば、その絵が象徴する意味が、理解できるというものである。
しかも、それが「両性具有」という深い二重の意味を胚胎している、と知れば、絵画といえども、なおざりには見過ごせない、ということである。
今しも、白鳥が日本に避寒のために飛来しはじめているらしい。越冬地では、しばらく優雅な白鳥の姿が見られるのである。
歳時記に載る白鳥の句も多いので、少し引いて終わる。
一夜吾に近寝の白鳥ゐてこゑす・・・・・・・・・・橋本多佳子
白鳥といふ一巨花を水に置く・・・・・・・・・・中村草田男
白鳥見て海猫見て湖に安寝する・・・・・・・・・・角川源義
亡き妻を呼び白鳥を月に呼ぶ・・・・・・・・・・石原八束
八雲わけ大白鳥の行方かな・・・・・・・・・・沢木欣一
霧に白鳥白鳥に霧というべきか・・・・・・・・・・金子兜太
千里飛び来て白鳥の争へる・・・・・・・・・・津田清子
白鳥のふとこゑもらす月光裡・・・・・・・・・・きくちつねこ
写真ほど白鳥真白にはあらず・・・・・・・・・・宇多喜代子
白鳥のこゑ劫(こう)と啼き空(くう)と啼く・・・・・・・・・・手塚美佐
白鳥の黒曜の瞳に雪ふれり・・・・・・・・・・鈴木貞雄
白鳥の野行き山行きせし汚れ・・・・・・・・・・行方克己
白鳥の大きさ頭上越ゆる時・・・・・・・・・・吉村ひさ志
白鳥の仮死より起てり吹雪過ぐ・・・・・・・・・・深谷雄大
白鳥の岸白鳥の匂ひせり・・・・・・・・・・小林貴子
白鳥の首の嫋やか冒したり・・・・・・・・・・福田葉子
群青をぬけ白鳥の白きわむ・・・・・・・・・・蔵巨水
白鳥の頸からませて啼き交す・・・・・・・・・・小谷明子
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