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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ・・・・草弥
602113-7_3奥高麗茶碗

 冷えまさる如月の今宵
  「夜咄(よばなし)の茶事」と名づけて我ら寛ぐ・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るもので、「夜咄の茶事」という11首からなる一連のはじめの歌である。
WebのHPでも自選に採っているので、ご覧いただける。
「夜咄の茶事」というのは伝統的な茶道の行事で、作法としても結構むつかしいものだが、私たちは、歌にも「寛ぐ」と書いたように略式にして楽しんだものである。
千利休などが茶道の基礎を固めはじめた頃は、茶道は、もっと融通無碍の自由なものであった。それが代々宗匠の手を経るに従って、それらの形式が「教条主義」に陥ってしまった。そういう茶道界の内実を知る私たちとしては、そういう縛りから自らを解放して、もっと自由な茶道をめざしたいと考えた。
だから先人にならって「番茶道」を提唱したりした。
利休語録として有名な言葉だが、

  「茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる」


というのが、ある。これは、まさに先に私が書いた利休の茶道の原点なのである。

この「夜咄の茶事」の一連は、私にとっても自信と愛着のあるものなので、ここに引用しておく。

 夜咄の茶事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

冷えまさる如月の今宵「夜咄の茶事」と名づけて我ら寛ぐ

風化せる恭仁(くに)の古材は杉の戸に波をゑがけり旧(ふる)き泉川

年ごとに替る干支の香合の数多くなり歳月つもる

雑念を払ふしじまの風のむた雪虫ひとつ宙にかがやく

釜の湯のちんちんと鳴る頃あひの湯を注ぐとき茶の香り立つ

緑青のふきたる銅(あか)の水指にたたへる水はきさらぎの彩(いろ)

恭仁京の宮の辺りに敷かれゐし塼(せん)もて風炉の敷瓦とす

アユタヤのチアン王女を思はしむ鈍き光の南鐐(シヤム)の建水

呉須の器の藍濃き膚(はだへ)ほてらせて葩餅(はなびらもち)はくれなゐの色

釉薬の白くかかりて一碗はたつぷりと掌(て)に余りてをりぬ

手捻りの稚拙のかたちほほ笑まし茶盌の銘「亞土」とありて


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