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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「木霊草霊」20首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
村島

──村島典子の歌──(21)

       村島典子の歌「木霊草霊」20首・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                          ・・・・・・・・季刊歌誌「晶」88号2014/12所載・・・・・・・・・・

        木霊草霊     村島典子

   カナカナの鳴きそむるかな黎明は木霊草霊そら満つやまと
   夕合歓のはな敷きのベて眠らばや死者とわかたむ淡きくれなゐ
   手につつむ冷たきみづの心地よくガラスの器ふたつ買ひたり
   紺碧の海と青空わたり来よ少女こそ鳥、琉球の鳥
   小三の少女がひとり降りてくるスカイマークの大き翼ゆ
   少年は少年の誇り忍ばせてわが前あるく五十メ ートルさき
   あ、さて、あさてさて南京たますだれ少女の鬻ぐままごとの店
   一片の詩篇のやうだねすぢ雲の夕空みあぐ子らと路上に
   長沢川にみづはあふれて流れたり葦の穂むらも引きたふしたり
   暗きへやのソファーに凭れし人見ゆる何するなくも坐りゐるなり
   窓辺からひかりあまねく射し入りて鬼灯のひとつ灯を点したり
   踏みしだく葛の葉むらに去年見てし可愛ゆき蛇の潜みかあらむ
   目覚むればまた雨のおと床の上に厭き厭きとして愚図愚図とせり
   ずぶんずぶんと足元沈き草はらをよぎり書肆まで本買ひにゆく
   葛のはな三つ盗みて帰るわれ甘き香はなつ花くび提げて
   たかさぶらう田の畦に咲くきよらかな秋のしるしぞ知る人なしに
   行き違ふ手紙ありしや鳥はこぶ魂とおぼゆる湖のうへ
   水中に犬の介護をながながとけさは聞きをり耳泳がせて
   東にはひがしの友垣南にはみなみの子らありわれは湖辺に
   つひにわが庭の浜木綿咲きにけり南の島に種子拾ひ来し

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この号は今年上梓された村島さんの歌集『地上には春の雨ふる』批評特集となっているので、その中から一つ引いておく。

         天上と地上と        小林幸子

村島典子歌集『地上には春の雨ふる』の作品の背景には、それぞれに磁力のつよい三つの土地がある。
  雨霽れしのちの湖上に厳しき雪のお山のあらはるるかも
  近江より吉野へ鳥よたつべしと花咲くまへの山が呼ぶなり
  大きなる胎と思へりささなみの志賀のみづうみ破水せりけり
第一歌集『夕暮れのみづ』のころから作者は大津市打出浜に住み、戸口まで打ち寄せてくる琵琶湖を詠いつづけて来た。
二人子を巣立たせたのち、湖岸からは少し離れた大津市一里山へ移り住み、琵琶湖とのほどよい距離感が生まれたようだ。
かつての湖の中へ誘い込まれるような惧れと不安が遠のき、全存在をつつみこむ真水の胎として感受されている。
古代的な歌枕の地である近江の国、雨後の湖上に,雪の比叡山がきわやかに現れる巻頭歌は,やわらかなしらべと古語によって風景を称える土地頌めの歌である。
二首目は,吉野山中に病み臥す師、前登志夫に、鳥になって逢いにゆけと山が呼ぶ。
師の命終の迫る予感が吉野行を促すのだ。
三首目は、傷めつけられた自然の悲鳴のような湖の氾濫を、「破水」という母胎の苦しみとして引き受けずにはいられない。
  清涼のみづふふみます喉の戸に白山桜は花あふれしむ
  ひらひらと訣れの合図点滴の手首ぞかなし振りたまひけり
  点滅し呼びあふほたる雨の夜の合図を送る人のあらなくに
一、二首目は、前登志夫の死の三日前、四月二日に古野の家を訪ねた歌である。
「清涼のみづ」をふふむ師の「喉の戸」に咲きあふれる白山桜は、その旅立ちを祝福するかのようだ。
歌集には「ああわれに歌の師のあり今生にいさかひをせし師のおはしけり」という哀しみ深い歌がある。
様ざまな葛藤があり、師と「ヤママユ」から遠ざかることになったが前登志夫から分かたれた詩魂はいささかも失われることはなかった。
そのことはよくわかっていたよ、と師は点滴の手首を振り伝えようとしたのだろう。
三首目はそれから二年後、前登志夫の歌碑のある黒滝村で、愛娘いつみさんも一緒に蛍をみた夜の場面である。
水辺から湧き上がるように蛍が飛び交い、吊橋をつつむ夢幻の光景。
ひとつ蛍はいつみさんの傘の柄に、第子たちの指から指にとまり、息づいていた。
「合図を送る人のあらなくに」と打ち消しながら、師の合図をありありと受けとめている。
  墓山は昏れてをぐらしてんてんと自決の島に白き花咲く
  浜下りとふ言葉すずしき琉球のをみなの春のうんずんの海
  沖縄人の妻となりたるわれの子の三弦弾くに涙こぼるる
  魚のまなこ取り合ひ喰らふ二人子はキジ厶ナーぞな樹を揺さぶれり
長女が沖縄の渡嘉敷島に嫁ぎ、琉球の血を継ぐ二人子が生まれた。南島との縁は村島典子にとって運命的なものに思える。
渡嘉敷島は、終戦の年の三月二十八日、集団自決を強いられ島民三百数十人が死ぬという過酷な歴史をもつ。
渡嘉敷島を歩くとき、島人の死を、自らの痛苦として感受せずにはいられない。しかし島で過ごす日々が、作者をお島の悠久の時間につつみこんでゆく。
沖縛を択んだ娘の靱さや、島に育つ子供たちの明るさによって、生命力が作者にも付与されるのだろう。
  地上には春の雨ふる雲上は晴天である咋日もけふも
  にんげんは必ず死ぬと告げられて地球の出づる月の平原
  蒼穹はこの世のそとにひらかれて生まれしまへの時間をたたふ
歌集名となった一首目、私は前登志夫の「木木の芽をぬらして春の雨ふれりそれ以上のことありとおもへず」という『青童
子』の歌を思い出す。
何事もなく四李が巡り、木々の芽をぬらして春の雨がふる自然の営みのかけがえのなさを、大震災後の日々を生きる今ほど思うことはない。
掲出歌は、沖縄への機上でみた、雲上と地上の不思議な風景の対比に、天体の摂理を慼受する。
雨は地上のなべてを生み、育むものだ。近江、吉野、渡嘉敷という、トポスの共通項は雨、水であるといってもいい。
二首目は、月面探査機「かぐや」のとらえた映像を視ているのだろう。月の平原に沈む小さな地球の懐かしさ。
その星には「必ず死ぬと告げられ」た人間が住む。必ず死ぬ人間だからこそその暮らしが愛おしい。
それは地球の時間からみればほんの瞬きの間に過ぎないのだが。・・・瞬きの間から永遠に近い時間までが村島典子の時間感覚なのである。
三首目の「蒼穹」は、歌集表紙の深い蒼色であろう。時間と空間が溶解する宇宙の色のようでもある。そこに永い未生の時間を過ごして、またいのちは地上に生まれるのだ。
  梢から「あつちゆく!こっちゆく!」と鳴く鳥につきて林をくぐり来しかな
  見上ぐれば橡のさみどり雨の森千のこどもの潜めるごとし
  小川の上に木の橋ひとつ渡されて往き来す人は丘の畑へ
どれも記しておきたい歌である。鳥の声の聞き倣しのおもしろさ、どんな鳥だろうか。
村島さんは雨がすきな人だ。雨の森の橡の木に潜む千のこどもは、これから生まれて来るこどもだろうか。
大江健三郎の、故郷の森の樹に再生するこどものようでもある。
三首目はどこにでもありそうな里山の風景だが、村島さんの生まれ育った大阪郊外の里の原風景にも思える。
  草むらに大き薬缶は転がりてただ在ることをわたしに迫る
  年越さば臓器のふたつ失はむ夫のつくりしあまたの器
  野にひとつ小さき椅子の据ゑられて老い人のため朝を待つなり
草むらに転がっている大きな薬缶の単純で圧倒的な存在感。
大手術をひかえている夫のつくる器の、素朴であたたかい手触りはいのちそのものだ。
野にひとつおかれた小さき椅子には、星空のもと父母や師がそっときて座る。朝が来るとその椅子には、作者や夫も座るのだろう。
永遠という時間のさざなみが打ち寄せる野原の椅子である。

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いつもながら読む者の心象に深く迫ってくる村島さんの歌群である。
小林幸子さんの批評も的確である。 小林さんは短歌結社「塔」の選者をなさっている。
村島さんから当該歌集をいただいた時には、私も、このブログ ← で取り上げたので参照されたい。
ご恵贈に感謝して、ご紹介しておく。

(お断り)スキャナで原稿を取り込んだので、多くの文字化けが生じる。子細に修正したが、まだあれば指摘してください。
すぐに直します。



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