K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村草弥第六歌集『無冠の馬』 (完)
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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            木 村 草 弥 第 六 歌 集 『無 冠 の 馬』 (完)
                           ・・・・・・・・・KADOKAWA2015/04/ 25 刊・・・・・・・・・・・
「帯」文

<卓抜したエロスとインテリジェンスで綴る斬新奇抜な詩的
  世界。外国詠にも及ぶテーマの広さはもはや追随するもの
  がないといっていいだろう。破天荒かつ英国競馬史上最
  高と語られるセントサイモンを彷彿させる珠玉の第6歌集。>

「帯」裏  自選5首

  三椏(みつまた)の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

  午年(うまどし)生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

  八ツ手の花ひそと咲く白昼(ひる)凩(こがらし)や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く

  シレーヌの素肌に昼と夜が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが

  哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル


無冠の馬   目次

Ⅰ 無冠の馬
   ゴッホの耳
  無冠の馬
  落花
  無音
  大文字
   湿気
  中禅寺湖
  マンデラ氏逝く
  去年今年
  父・重太郎 五十回忌
   朝型にんげん
   一枚の絵
   大津曳山祭

Ⅱ テラ・インコグニタ
 A.スリランカの歌
  インド洋のひとつぶの涙
  「アーユ・ボー・ワァン」
  キャンデイ
  「セイロン紅茶」
  アヌラーダブラ
   ミヒンタレー
   ポロンナルワ
   ガル・ヴィハーラ
  シーギリヤ・ロック
  ダンブッラ

  B.フランスの美しき村
  フランスの美しき村
  小フランス地区─ストラスブール─
   リクヴィル村─アルザス・ワイン街道─
  タルト・フランベ
  オベルネ─九月二十二日
  ヴェズレー─サント・マドレーヌ聖堂
   ベッコフといふ郷土料理の由来
   ロマネ・コンティのワイン畑
  エスカルゴ
   「フランスの美しき村」─ワン
  ディジョン
  コルマール
   ワインの聖地ボーヌ
  リヨン─美食の街

 C.王道─カンボジア
   『王道』─La Voix Royale─
   シェムリアップ 
  アンコール・トム
  タ・プロム
   スラスラン
  アンコール・ワット
  乳海撹拌
   バンテアイ・スレイ
  トンレサップ湖

ギリシアの歌 補遺

Ⅲ. 幽明─弥生の死あとさき
  前立腺─Prostata─
  生きる
  幽明
   明星の
  うつしみは
   州見山
  菊慈童めき 付・挿入歌二首
  京終と称ふる地なる(抄)

初出一覧
著者 略歴

総歌数 四百二十三首
装 丁  熊 谷 博 人  
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         Ⅰ. 無冠の馬



      (この紙片の裏面) ↓


      セントサイモン
      牡・黒鹿毛・イギリス産
        父:Galopin
        母:St.Angela
        競走成績:十戦十勝
         (一つは非公式戦)
        英国首位種牡馬:
        一八九〇~一八九七、一九〇〇、一九〇一年
        主な勝ち鞍:
           アスコット・ゴールドC
           エプソム・ゴールドC
           グッド・ウッドC

        ゴッホの耳    
         
白鳥の帰る頃かもこぶし咲き白き刹那を野づらに咲(わら)ふ

一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

三椏(みつまた)の花はつかなる黄に会ふは紙漉きの村に春くればゆゑ

沈丁の香の強ければ雨ならむ過去は過去なり今を生きなむ

誰に逢はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

生憎の雨といふまじ山吹の花の散り敷く狭庭また佳し

白もくれん手燭のごとく延べし枝(え)の空に鼓動のあるがに揺るる

松の芯が匂ふおよそ花らしくない匂ひ──さうだ樹脂(やに)の匂ひだ

ひと冬の眠りから覚めたか剪定した葡萄の樹液したたり止まぬ

天上天下唯我独尊お釈迦様に甘茶をかける花祭 ひとすぢに生きたい
    
チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

<チューリップの花には侏儒が棲む> といふ人あり花にうかぶ宙(そら)あり

ブルーベリージャムを塗りゆく朝の卓ワン・バイ・ワンとエンヤの楽響(な)る

千年(ミレニアム)きざみに数ふる西洋か 日本は百年に戦さ五度(いつつたび)

        無冠の馬

ドーパミンはパーキンソン病に著効なりと病む友言へり 分泌に励めよ

ドーパミンなだめかねつる我なればパーキンソン病に罹るなからむ

七十の齢を越えざりし父のこと思へば十五歳われは超えたり

七十まで現役たりし我のことご苦労様と誰も言ひくれず

草原を馬上に駈ける少年よアルタンホヤグ・イチンノロブよ
                              ─逸ノ城─

十戦十勝かつ英国首位種(しゆ)牡(ぼ)馬(ば)─セントサイモンは《無冠馬》だつた
                        ─一八八一年~一九〇八年─

午(うま)年生まれ ましてや無冠のわれながら馬齢を重ね八十五となる

        落 花

深吉野のこのいつぽんが落花するその日があらむ花乞食(こつじき)に

落花舞ひあがれば花神たつごとし八重の垂乳根の逢魔が刻を

海鳴りに椿の森の咲き満てり狂ひてみたき月夜なりける

緋椿のこぼるる先を海女ふたり海へ向へり また長丁場

椿の花流るる川に沿ひゆけば岩すべる水にたちまち失せぬ

鬱と咲き鬱と落ちたる椿なれ一輪の朱に重さありにけり

はたと膝打ちたるごとく椿落つ三輪(みわ)の百千(ももち)の椿の山は

椿咲く出雲八重垣つらつらに隠し隠せぬ神の婚かな

凡愚凡人しかも陰萎のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

落ちやまぬ椿の花よちちふさを包む現(うつつ)の幻影として

花御堂はみどりの樹の下ひしやくもて甘茶を注ぐ金銅の仏に

しだれ梅とうとうたらりとしだれゐし旧宅の庭夢に出でつも

菜の花が黄に濃きゆふべたはやすく人死につづきせつなくなりぬ

母逝きて巡る忌日に思ひ出づ俯きて咲く片栗の花

        無音

蛍火の消えしかなたに目をやりぬ無音の闇に耳が冴えつつ

人間とちがふ眠りのサイクルと思ふ蝸牛が葉かげに眠る

たはやすき泪もあれな老いてなほ懐かしき名の父子草とは

数ふれば小判草百両ほどあらむ殖えてもさびし中空の穂の

辰砂壺に水入れず挿す小判草朝な夕なに頭(づ)を垂れきたり

        大文字

山腹の盆の送り火─如意ケ岳に薪(たきぎ)を積みて「大」を描けり

筆づかひの途切れにも似て一ところ火勢の強き火床が見ゆる

松ヶ崎の妙法、西賀茂の船形、金閣寺の左大文字、西山の鳥居形

               *与謝蕪村
<大文字やあふみの空もただならね>京と琵琶湖とは空つづき

大文字消えゆくときに背後にはくらぐらと比叡の山容ありぬ

        湿気

軽薄な明るさをいつか蔑んだ張りついた汗が乾かない午後

些細な嘘が限りなく増殖する午後ぶあつい湿気にどつぷり巻かれ

蛸飯とコロッケで済ます昼ごはん乾電池が梅雨の湿気を帯びる

夜の藤ひとりでゐたき時もあり月も光を放たずにゐよ

幻影かはた目眩しか一陣の蒼き風吹く土偶の口より

        中禅寺湖

いろは坂上り下りの二分けに四十八の急カーブなす

男体山のふもとに拡がる湿原は神々が争ひし戦場ケ原

修験者の修行の場とふ峠道その名もすさまじ金精峠

エレベータに百メートルくだるひとときを一分として滝を見にゆく

中禅寺湖の水を落してしぶきたつ華厳の滝ぞ投身の俤(おもかげ)

湖の避暑地の別荘そのままにイタリア大使館記念公園

ペンションの窓より見放くる湖を緋の矢はなちて朝日のぼれる

        マンデラ氏逝く

太陽へ真つすぐ伸びる石(つ)蕗(は)の花ひそやかな黄にまた出逢ひたり

大輪を誇りし花も惜しまれて大菊のこの枯れつぷり いかに

枯芒刈り取ればかの日吹かれたる風に重さのありと気づきつ

竹田城址ここが二の丸天空の城塞かとも雲海に浮かぶ

捨てるものまとめて背(せな)を丸めゐつ「寒いね」と交はす声が白いよ

いくばくの蕾を残し山茶花散る置いてけぼりの三輪車ひとつ

子を産みて母となる子よ山茶花の蕾の紅の膨らみ初めつ

冬うらら代る代るに嬰(やや)を抱く帰省の子らも今日限りなり

着ぶくれて動作鈍きを嗤はれぬ柚子ひと絞り皿の鯖へと

些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぷるんと震ひひれ酒旨し

何にしよ迷ひ箸しておでん鍋はんぺん三角まづは摘みぬ

河豚(ふぐ)鍋を囲みて酒は辛口でお喋りはづむ年忘れなり

むかご飯零余子(むかご)の三つ四つほど茶碗の中に湯気を立てをり

八ツ手の花ひそと咲く白昼(ひる)凩や ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏逝く


        去年今年

        悼・三井葉子さん  一月二日
玄冬や 風荒びくるきのふけふ佳人の逝きて儚(はかな)くなりぬ

寄り添へば枯野に雪の降りしきる七種粥(ななくさがゆ)をふうふうと吹く

うす味が好き初春の七種粥幾たび星辰移りたりしか

鈍色の雲どんよりと冬の空 薬師詣での高畑町帰り

しぐれつつ陽の射しゐるや生駒山かいつぶり沼に水脈を引きをり

水脈曳きて古刹に鴨ら鎮もれる堆(うづたか)き落葉はいまだ朽ちざり

          東福寺
夢すべて池に沈めて蓮枯るる通天橋背に冬ざるるかな

          随心院
際やかに小野の丘なみ冬に入る文塚ひそと寺の裏なり

寒椿耐ふる美徳を亡母訓(い)ひぬ耀(かが)よふ花のはつか匂ひて

ひと肌の恋しき季(とき)となりにけり湯たんぽ抱きて寝(い)ぬるも哀れ

暖とると猫を抱きて寝るといふ女(ひと)よ 生憎われ猫嫌ひ

霧ふかく鬼女の裔(すゑ)かと思はせてななかまどの実ぎらぎら朱し

梅咲くとほのかなる香を運びきていのち育(はぐく)む如月讃歌

忍び足で迫りくる夢ふたつ三つ限りある時間(とき)の愛着のやうに

一日は全ての人に二十四時間 老いはじめるとこれが短い

        父・重太郎 五十回忌

亡き父の五十回忌に集ひたる族(うから)にただよふ金木犀の香

山茶花の蕾の紅も膨らみ来 十月十四日父の祥月命日

茶の花の咲き初めにけり茶一筋に生き来し父の一生(ひとよ)なりしか

茶の花の散るを寂しと思ひゐる父の蔵書に古き書き込み

焼香炉回して合掌なしをれば僧の読経も佳境に入りぬ

妙法蓮華経方便品第二
ほうにょぜ そうにょぜ しょうにょぜ たいにょぜ りきにょぜ さにょぜ いんにょぜ
所謂諸法。如是相。如是性。如是体。如是力。如是作。如是因。

厳(いかめ)しき父なりき家長たりて食事は一人離れて箱膳に向く

盆栽に水遣り拒みし少年の我にバケツの水をぶつかけし父

兵隊になりたかつたが徴兵検査は第一乙種とて口惜しがれりと

父と対等に物言ひしことなし逆らへば張り手とびきぬ

子育ては母に任せき 道楽に身を任せきと聞きしは後年

小学校卒のみの自分知るゆゑに子には充分に機会与へつ

晩年は仏の重太郎と呼ばれしが若い時には激情家たりし

和紙綴りの帳簿に見ゆる父の筆墨痕鮮か達筆にして

父の達筆享け継ぎしは登志子、庄助のみ重信も我も水茎うるはしからず

食べものが閊(つか)へると言ひ手術(オペ)せしが六十九歳の父食道癌に果つ

幼子の髪三つ編みに草の花つけて歩めば菊日和なり

      朝型にんげん

うらうらと陽が上りくる 大祖母は両手あはせて拝(をろが)みゐしが

「ご来迎」と今も言ふなり あかときの富士の山腹に列なす人ら

古代より太陽神は崇められ例へばエジプト神話の太陽神ラー

日本の太陽神は天照大神(あまてらすおおみかみ) 岩戸に隠れて威光示せり

<太陽の消失>は古代は一大事 「夜」はた「日蝕」におののきたりき

おほよそは体内時計は太陽の出入りのリズムに適(かな)ふと言へり

「早起きは三文の徳」古人いふ体内時計に従ひゆかな

わたくしは朝型にんげん 早朝はすいすいすいと仕事が捗(はかど)る

             一枚の絵       

ふるさとを出でて五十年経し友が「故郷」と名づけし絵をゑがきたり

丘の楢の梢の上にうかぶ白き雲ひとつふたつ三つ描く友の絵

裸木のくぬぎの景色鮮けく雪と冬と友の記憶幼し

春めきて木津川の水ぬるみつつ宙天たかく雲雀があがる

田舎より街に暮すが長しと言ひ友は土色の絵の具(チユーブ)をひねる

友の父が訥々と生きし田園は友が心のうちなる「土色」

真夜冷ゆるしじまの声のごとくにも蝕まれたる原風景ぞ

一枚の絵が出来あがる過程(プロセス)に五十年の歳月かなし

      大津曳山祭 ─十月十日─

       天孫神社
天孫と名づけし社に十三の山車(だし)うち揃ひからくり奉ず

              孔明祈水山
所望所望の声とび交へば孔明は扇ひらきて水湧かしめつ

       西行桜狸山
コンチキチ祭囃子を響かせて西行桜の狸山曳く

所望され西行法師は花の精と問答しをり「くじ取らず山」

袴にも家紋の入れる盛装に西行桜の狸山曳く

       龍門滝山
所望は龍門の滝に鯉のぼるからくりの銘は宝暦十二年

        源氏山
石山に紫式部が物語る源氏山とふ廻(めぐ)れる舞台

        石橋山
所望は天呂山なる岩よりゆ唐獅子出でて牡丹と遊ぶ

       月宮殿山
謡曲の月宮殿に因みたる所望は鶴と亀とが踊る

        西宮蛭子山
福々しきえびすが鯛を釣り上ぐる商売繁昌は「西宮蛭子」

        西王母山
崑崙の西王母が賀(いは)ふ桃の実は二つに割れて童子出でたり

        猩々山
唐国(からくに)の揚子の里に住むといふ高風は酌む尽きざる酒泉

       湯立山
天孫の湯立ての神事奉つり笹の湯ふらす「五穀豊穣」

       殺生石山
能楽の殺生石に因みたる所望は玉藻が狐に変る

       郭巨山
からくりの郭巨が持てる鍬の柄にはらりはらりと時雨さしぐむ

二十四孝の郭巨は母を敬(うやま)ひて黄金(こがね)の釜を掘りいだしたり

       神功皇后山
所望所望の声かけられてからくりの神功皇后文字書きつける

大津絵の鬼が笑(ゑ)まへる店先をかすめるごとく山車曳かれゆく







             Ⅱ. テラ・インコグニタ
 




      (この紙片の 裏面) ↓

             いまだ知らざる土地─Terra Incognita─
     心の中のロビンソン・クルーソー
      膨らみ続ける自由な空想
     夢詰め込んだトランクで出発
     未知の世界に旅立つ──




            A.スリランカの歌   ──二〇〇三年二月~三月──




     (この紙片の 裏面) ↓

     造物主はまだ
     解体前の種子のありさま

     種子の
     ある
     さま
      ─大岡信『悲歌と祝祷』より─



       インド洋のひとつぶの涙─スリランカ

亜大陸インドの南ひとつぶの涙を零(こぼ)ししやうなり、スリランカ

スリランカ「光り輝く島」と言ひ誇りも高く彼ら口にす

      六世紀編纂の本『マハーワンサ』王権神話─
シンハラ人に言ひ伝へあり「ライオンを殺した者(シンハラ)」とふ建国神話
                   
西風に乗りて来たりしマルコ・ポーロ「世界で一番すばらしき島」と

タミル人「解放の虎」テロ止めて一年たつと言ひ祝賀の旗たつ

二〇〇三年春日本にて停戦の会議あると聞くうれしきことなり

     BC十世紀の神話
ソロモン王がシバ女王に贈りたる大きルビーはスリランカ産てふ

野生象三千頭ゐる密林の径にうづ高し象のうんちは

     「アーユ・ボー・ワァン」

「アーユ・ボーワァン」便利な言葉こんにちは、有難う、さやうならにも

長寿(アーユ)が延び(ボー)ますやうに(ワァン)の意なるとガイド氏言へり、合掌して言ふ
          
ガイドなるヴィプール君言ふVIPULは「人気がある」意とほほゑみにけり

我らまた彼らにならひ何事にも合掌して言ふアーユ・ボー・ワァン

まとはりつく物売りの子に合掌しアーユ・ボー・ワァン言へば渋き顔せり

この場合「かんべんしてね」の意味ならむしつこき売り子のたぢろぎたるは

     キャンデイ

      キャンディ湖畔の仏歯寺あつき信仰を集める
レイに良し仏花にも良し五彩あるプルメリアの花季(とき)とはず咲く
                          
夕まけて涼風たつる頃ほひに灯(あかり)を点して仏歯寺混みあふ

   キャンディ郊外ペラデニヤ植物園、十四世紀の王バーフ三世が娘のために創立─
TVのこの木なんの木気になる木モデルの大樹フィーカス・ベンジャミナ

長寿番組「世界ふしぎ発見!」のテーマ曲に映す傘状の大樹

樹の下に入れば太き枝いり組みて八方に伸ぶる壮んなるかな

熱帯にも季節あるらし花の季(とき)は十二月から四月と言ひぬ

植物の相(ファウナ)にも盛衰あるらむか絶滅危惧種の双子椰子とふ
                          
スリランカの食事は「カリー」指先でおかずを飯に混ぜて食する

外つ国人のわれらもぢかに指先で食べてみたれば彼ら喜ぶ

クレープの皮のやうなる「ホッパー」に好みのおかずを包みて食べる


     「セイロン紅茶」

紅茶の産地ヌワラエリヤは高地にて涼しく気温二十度といふ

ヌワラエリヤは気候温和イギリス植民地には避暑地となりぬ

「セイロン紅茶」いまも紅茶の最高峰爽やかな香気と深い水色

紅茶の工程─萎凋→酸化→揉捻→篩ひ分け、なり

     アヌラーダプラ

      ─紀元前五世紀、最初の古都アヌラーダプラ─
ティサ池に影を映せる大岩をえぐりてなせる御堂と仏塔(ガーダハ)
                    
金色(こんじき)の涅槃仏据ゑし本堂は浅草寺の援けに彩色せしてふ
                    
恋ほしもよサーリヤ王子と俗女マーラ刻める石は「恋人の像」

もと椰子のプランテーションたりしゆゑPalm Garden Village Hotelと名づく

客室はコテージふうに疎らなる林の中に配されてゐつ

ひろらなる湖(うみ)につらなる庭にして野生の象も姿見すとふ
                       
     ミヒンタレー

プルメリアの花咲く石階六百段はだしにて登るアムバスタレー大塔

陽にやけし岩のおもてが足裏に熱き苦行の岩山のぼる

向ひあふ丘の頂に真白なるマハー・サーヤ大塔の見ゆ

     ポロンナルワ

ワタダーギヤ、ハタダーギヤとて大小の仏塔あつまるクォード・ラングル

     十世紀から十二世紀にシンハラ王朝の首都ポロンナルワは
     巨大な人工池のほとり─
乾きたる此の地に水を湛へしは歴代の王の治世ぞ池は

クォードとは四辺形の意、城壁に囲める庭に建物十二

見学の中学生多し観光客に英語で質問せよとの課題

     ガル・ヴィハーラ

涅槃像、立像、坐像巨いなる石の縞見すガル・ヴィハーラは

立像は一番弟子なるアーナンダ涅槃に入りし仏陀を悲しむ

なだらかなる姿態よこたへ仏陀はも今し涅槃の境に至るか

足裏と頭ささふる枕にみる渦巻模様は太陽のシンボル

     シーギリヤ・ロック

     シーギリヤ─岩壁のフレスコ画は五世紀のもの─
忽然とシーギリヤ・ロック巨いなる岩現れぬ密林の上に

いづこにも巨岩を畏れ崇(あが)むるかシーギリヤ・ロック地上百八十メートル

父殺しのカーシャパ王とて哀れなる物語ありシーギリヤ・ロック

     鉄製ラセン階段は一九三八年にイギリス人が架けた
汗あえて息せき昇る螺旋階ふいに現はるシーギリヤ美女十八

草木染めに描ける美女(アプサラ)は花もちて豊けき乳房みせてみづみづし
                         
ターマイトン土で塗りたる岩面に顔料彩(あや)なり千五百年経てなほ
                            
貴(あて)なる女は裸体、侍女は衣(き)被て岩の肌(はだへ)に凛と描ける
      
     一九六七年バンダル人が侵攻し多くのフレスコ画を剥がす
昔日は五百を越ゆるフレスコ画の美女ありしといふ殆ど剥落

獅子(シンハ)の喉(ギリヤ)をのぼりて巨いなる岩の頂に玉座ありしか
         
シンハ・ギリヤいつしかつづまりシーギリヤ仏僧に寄進されし稀なる王宮

聞こゆるは風の音のみこの山に潰えしカーシャパ王の野望は

     ダンブッラ
     
五つある石窟寺院は歴代の王が競ひて造り継ぎてし

はじまりはワラガムバーフ王がタミル軍を破りて建てしよBC一世紀

ダンブッラ寺の由来は「水の湧き出づる岩」とふ意味に因める

第二窟マハー・ラージャ・ヴィハーラとは偉大なる王の意、仏像五十六体

   ジャヤワルダナ全権大使のこと
   一九五一年九月サンフランシスコ対日講和会議の時、
   セイロン全権大使ジャヤワルダナ(後の大統領)は、
   ソ連の対日賠償の過大な要求を盛り込んだ修正条項に反対して、
   仏陀の言葉を引いて、参加国に寛容の精神を説いた、という。
   日本は、この恩義に報いるため、スリランカには多額の借款や
   援助の手を差し伸べている。
   現在の首都ジャヤワルダナプラの名は、この人の名を採っている。
首都スリー・ジャヤワルダナプラ通称コーッテは
十五世紀のコーッテ王国の名に因む。

「スリー」光り輝くさまと言ひスリランカの「スリ」も同じ意味なり

  つい数年前までタミール人「解放の虎」テロとの血みどろの抗争があり、大統領が訴へた
「憎しみは憎しみにより止むことなく、愛により止む」ブッダの言葉
            ─Hatred ceases not by hatred , but by love ─

     ゴール・フェイス・グリーン
インド洋より吹きくる風も心地よし凧あげする人あまた群れゐつ




            B.フランスの美しき村  ──二〇一三年九月──
         ─アルザス・ブルゴーニュ─



        (この紙片の 裏面) ↓


         大地はオレンジのように青い。
     ─ポール・エリュアール─



          フランスの美しき村   

「フランスの美しき村」訪ねむとはるばる来たるブルゴーニュ此処

ビジネスクラス隣席のサマール・ケリー女史ダン・ブラウン新作『インフェルノ』読む

アルフォンス・ドーデ『最後の授業』独仏支配交替のアルザスの悲哀

巨いなるドームのごとく横たはるストラスブール駅朝もやの中

サマータイムなれどももはや九月下旬、午前七時はいまだ暗いよ

  キッシュ─練りパイ生地にベーコン野菜クリームを入れチーズを振りかけて焼き上げる
三角形のキッシュ出でたり素朴なるアルザス・ロレーヌの郷土料理ぞ

街中を出づれば田園は霧の中、濃き朝霧は「晴」の予兆なり

     小フランス地区─ストラスブール─
  
ドイツ風の木組みの家多し、ドイツの原型たりし神聖ローマ帝国

木組みなる「小フランス」地区イタリア戦争帰りのフランス兵が休息

その町で性病流行し患者たちを隔離せし病院を「小フランス」と蔑称

じめじめしたる不衛生なる水辺、革なめし業や漁師の住みたる一郭

「小フランス」(プチツト・フランス)木組みの家の景観を売りものにして今は観光地

「プチット・フランス」名前も家並みも可愛いいエリヤとなりぬ

       リクヴィル村─アルザス・ワイン街道─

街道沿ひはぶどう畑つづき木組みの家が点在する可愛いい村を縫つてゆく

「美しき村」のひとつリクヴィルここも昔ながらの木組みの家並

リクヴィル村役場HOTEL DE VILLEの文字も彩(あや)に花もて飾る

昔ながらの菓子クグロフや塩からきプレッツェルも並べて売らる

        タルト・フランベ

アルザス風タルト・フランベ日本のお好み焼にさも似たるかな

パン生地を薄く伸ばしスライス玉ねぎ、ベーコン、生クリームを載せ強火の窯で焼く

ピザとの違ひ チーズは使はず身近なる食材使ひシンプルに作る

フランベとは料理用語で「燃やす」謂。短時間で出来るパンの意ならむ

         オベルネ 九月二十二日

近在の村人総出に繰り広げるオベルネ収穫祭に人ら蝟集す

小さき村オベルネ人口数百人、万余の人ら駐車場に溢る

        ヴェズレー─サント・マドレーヌ聖堂

ブログ友M氏は建築学徒ヴェズレーの聖マドレーヌ寺院が卒論なりといふ

なだらかな丘に広がるサント・マドレーヌ教会、世界遺産なり「ヴェズレーの教会と丘」

聖マドレーヌそは「マグダラのマリア」かつては娼婦、悔悛し復活したキリストを最初に見し人

この丘はサンチァゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の出発点のひとつ、ホタテガイの舗鋲

物語的な柱頭彫刻、旧約に取材す「エジプト人を殺すモーゼ」といふものあり

物語的な柱頭彫刻はロマネスク建築に始まると書誌いふ

少年ダビデが巨人戦士ゴリアテを倒す物語、信仰篤きダビデの勇気を讃ふ

字を読めぬ人が大半なりし昔、絵解きで諭す柱頭なりぬ

        ベッコフといふ郷土料理の由来

かつて月曜日はアルザスの主婦らの洗濯日なりき、手仕事の一日掛りの大仕事

   前日の日曜日の夜。牛、豚、羊やらの肉の切れ端を白ワインと一緒にベッコフ鍋に漬け込んだ
   翌朝その鍋に野菜やら何でも入れて馴染みのパン屋に預けた


牛肉はカトリックを豚肉はプロテスタントを羊肉はユダヤ教を表すと言へり

パン屋は預かったベッコフ鍋にパン生地の余り物で隙間を押さへ余熱の石窯に入れてあげた

仕事の帰りにベッコフ鍋を受け取るとうまい具合に鍋料理が完成してゐた

ベッコフとはアルザスの土鍋La Beackoffe パン焼窯から出来たアルザス語

        ロマネ・コンティのワイン畑

夕食はブルゴーニュ名物「ブフ・ブルギニョン」ブフとは牛肉の意、赤ワイン煮なり

グラン・クリュ街道なる葡萄畑の丘「コート・ドール」ゆく、黄金の夕焼け

バス途上、銘酒「ロマネ・コンティ」の畑を見むとて写真撮るなり

バスまたタクシーに畑を見にくる人多し。タクシーで乗り付けし中国人たち

「ロマネ・コンティ」年間六千本のみ瓶詰と言ひ、されば一本数十万円の高値

消えかかりし石のプレート石垣に嵌め込みたりな「ロマネ・コンティ」

              エスカルゴ

ブルゴーニュ名物のかたつむり料理、ガーリックとバター風味のエスカルゴ

かつては葡萄の葉につく害虫たりしが食べたら美味と飼つて当地名産に

              「フランスの美しき村」─ワン

リヨン北西四十一キロ もとワン城の城壁の村、いまはニズィ門残る

ワン村の人口五二三人、九月最初の週末に音楽祭を開く

高みより見放(さ)くれば周りみなボジョレ・ワイン畑が果てなくつづく

「ボジョレ・ヌーヴォー」新酒解禁売り出さるフルーティなれど好みさまざま

        デイジョン

中世のブルゴーニュ公国の首都デイジョン「金羊毛騎士団」活躍せりき

ブルゴーニュ大公宮殿いま市役所と美術館として威容見すなり

ノートルダム・ド・デイジョン教会ゴシックなり六世紀作「黒い聖母像」置く

一五一三年九月司令官ルイ・ド・ラ・トレモイユ四〇万エキュもて「黒い聖母」に捧ぐ

ディジョン名産マスタード老舗MAILLEの店リベルテ通り百貨店ラファイエットの前

創業一七四七年の伝統と言ひ誇りを持つて商ひをする

われもまた商人の裔(すゑ)、商人(あきうど)の矜持もふかく肯(うべな)ひにけり

              コルマール

コルマールも木組みの家並美しく「小ベニス」とふ水路の辺り

どの家も木組みの窓辺に赤きゼラニウムの花籠吊るす

コルマールかつての神聖ローマ帝国の自由都市、アルザス「十都市同盟」

最古の文献は八二三年、コルンバリウム鳩小屋の意味とし伝ふ

コルマールいまは電機部品製造、製薬業 十一万六千の人口擁す

コルマール郊外に日本企業あまた進出、日本語補習学校ありといふ

              ワインの聖地ボーヌ

     ボーヌのオスピス 一四四三年ブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランが創設。
     入院の条件は貧者であること。無料で施療した。
     王侯貴族から寄進された葡萄園で生産したワインで費用をまかなつた。


「神の宿」(オテル・デユー) と呼ばれし施療院、屋根瓦が黄、赤、褐色と文様うつくし

「栄光の三日間」と称するワイン祭、ワイン・オークションはその年の相場占ふ

わが畏友・田辺保の本『ボーヌで死ぬということ』彼はカトリック信者だつた

              リヨン─美食の街

フルヴィエールの丘より見渡すリヨンの街、ここは黄金の聖母を頂く大聖堂

リヨン都市圏一六四万人を擁し古くよりヨーロッパ一の絹織物の産地

われの住む所は金糸・銀糸生産の日本一。金糸の輸出先はここリヨンといふ

祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

「ヌーヴェル・キュイジーヌ」創始者ポール・ボキューズ一九六五年獲得の三ツ星いまも保つ

「メール・ブラジェ」女性として初めてミシュラン三ツ星獲得、その弟子の一人がポール・ボキューズ

明日帰国の一夜われらはボキューズの弟子の店にてささやかなる晩餐



       C.王道─カンボジア  ──二〇〇二年十二月──


   (この紙片の 裏面) ↓


      ヴィシュヌの蹄の跡からは海水が抜け、
      雷鳴にも似た大きな音をたてながら、
     冥界へすさまじい勢いで落下していった。
      ─ヴィシュヌ神話より─


       『王道』─La Voie Royale─

クメールの統べし五百年の栄華の跡ひそと佇む然(さ)れども峨々と

しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる

《ながく夢を見つめる者は自(し)が影に似てくる》といふインドの諺

P・ボワデッフル言へり《『王道』は狂ほしきバロックのごとき若書き》

「若い時は死とは何かが判らない」初対面のクロードにペルケン言へり

シレーヌの素肌に夜と昼が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが

             シェムリアップ

ゲートありて遺跡見学証ことごとに見せつつ通る真夏日の下

見学証三日通用にて四十米ドルなんでも米ドルが通用する国

休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

            アンコール・トム

アンコール・トム築きしジャヤヴァルマン七世は仏教徒にて慈悲深しといふ

回廊の浮彫に描くはトンレサップ湖に魚をすなどる漁師の姿

闘鶏にチェスに賭事なす人ら食事の民も生活(たつき)ほほゑまし
                     
クメールとチャンパの戦ひ水上の戦闘のさまつぶさに彫れる

象の隊、騎馬隊、歩兵びつしりとクメール軍の行進のレリーフ

バイヨンの仏塔の四面は観世音菩薩の顔にて慈悲を示すや

されど君、説かるるはクメールの言ひ分ぞ正義はいつも支配者の側に

海の民たりしチャンパは越南の大国にして富みてゐたりき

富める国チャンパの財宝かすめむとクメール軍の侵ししならむ

チャム族は今は貧しき少数民族ヴェトナムの地に祖神を守る

            タ・プロム

巨いなる榕樹(スポアン)はびこるタ・プロム堂塔は樹にしめつけらるる
                        
大蛇のごと堂にのしかかり根を下ろす榕樹のさまも中央回廊

石組の透き間くまなく根と幹が入り込む景は霊廟タ・プロム

たけだけしき植物の相も見せむとて榕樹を残すも遺跡政策

            スラスラン

王と王妃の沐浴せる池スラスラン七つの蛇神(ナーガ)のテラスありたり
                         
水浴場(スラスラン)はポル・ポト統べし時代には稲田にされしとふ広らなる池
                         
            アンコール・ワット

大き池わけて詣づる西参道アンコール・ワットに我は立ちたり

五つの塔を水面に映し鎮もれる寺院の空に浮かぶ白雲

王都(アンコール)なる寺院(ワツト)とし建つる大伽藍ヴィシュヌの神を祀りゐるなり
              
中央塔と第一回廊の角を結ぶ線が一三五度の二等辺三角形

西面が正面たるは施主たりし王の霊廟のゆゑと伝ふる

寛永九年森本右近太夫の落書きは仏像四体を奉納と記す

西面は「マハーバーラタ」描きたり即ち古代インドの叙事詩

行軍するスールヤヴァルマン二世その先に天国と地獄の浮彫ありぬ


            乳海攪拌

ヴィシュヌはも神八八人阿修羅九二人もて蛇を綱として海を攪拌させつ

「乳海攪拌」さながら交合のエロスに似てそこより天女アプサラ生(あ)れたり

王なべて不老不死を願ふもの「撹拌」ののち妙薬・甘露得しといふ

王子率(ゐ)てラーマ軍が悪魔ラヴァーナ討つ猿が王子を助くる逸話
                             
ラーマ王子はヴィシュヌ神の化身その顔をスールヤヴァルマン王に似せたり

這ひ登る第三回廊への石階は石の壁とふ譬(たとへ)ふさはし
                      
中途にて凍れる(フリーズ)ごとく女人をり登るより下りが怖き急階
                     
歯を見せて笑ふ女神(デヴァータ)めづらしと見れば豊けき乳房と太腿
                      
回廊の連子窓に見放くる下界には樹林の先にシェムリアップの町

夕陽あかき野づらの果てを影絵(シルエツト)なして少年僧三人托鉢にゆく
                        
クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

地雷に脚を失ひし人老いも若きも寺院の門(かど)に物乞ひをせり
                            
            バンテアイ・スレイ ─東洋のモナリザ─

『王道』を読みしも昔はるばると女の砦(バンテアイ・スレイ)に来たれる我か

クララ率(ゐ)て女神像盗み捕縛されし逸話はマルロー二十二歳
               
マルローが盗まむとせる女神像(デヴァータ)ひそやかなる笑みたたへてをりぬ
                         
ラージェンドラ・ヴァルマン二世建てしとふ赤褐の塔千余年経(ふ)る
                          
「東洋のモナリザ」と評さるる女神とて汗あえて巡る午後の祠堂を

ひと巡りにて足る寺院ロープ張りて女神と我らを近づけしめず

蓮の台(うてな)ゆ股に女を挟みその胴に爪をたつるヴィシュヌ神はも
                            
            トンレサップ湖

牛に引かす荷車に木舟のせてゆく先は湖トンレサップか

水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

竹編みて作る「もんどり」田の溝を溯る小魚とらへむがため

砂洲にある小さき学校フランス語の看板かかぐトンレサップ湖畔

湖の筏の生簀に飼ふ鯰(なまず)たけだけしくも餌に飛びつく
                      
果てもなく広がる湖その先は大河メコンに連なるといふ

魚醤にて食へば思ほゆ湖の網にかかりし小魚の群

椰子の実に大き穴あけて供さるる果汁ははつか青臭かりき

素はだかに濁れる水に飛び込みてはしやぎゐる児らに未来のあれな


        ギリシアの歌 補遺

    クノッソス宮殿─ギリシア・クレタ島─

聖なる蛇飼はれてゐたる筒ありぬ地母神崇むるミノア人のもの

乳ふさも露はに見せて地母神は聖なる蛇を双手に握る

石棺の四面に描くフレスコ画ミノアの人の死者の儀式ぞ

いにしへの王の別荘より出でしゆゑ「アギア・トリアダの石棺」と名づく

<フエストスの円盤>に記す線文字Aいまだ解読されぬ象形渦巻く

「ユリの王子」と名づくる壁画は首に巻く百合の飾りをしてゐたりけり

高き鼻の巫女(み こ)の横顔《パリジェンヌ》は前十五世紀の壁画の破片

ティラ島の火山爆発しクレタなる新宮殿崩壊すBC一四五〇年

八十隻の船団を率(ゐ)てトロイなる戦に行けるイドメネアスいづれ
                            
黒衣なる聖職者が八百屋の店先で買ふ葡萄ひと房

タベルナでゆふべ出会ひし美青年 今日はゲイのカップルでビーチを



        Ⅲ. 幽 明 ─弥生の死あとさき─




      (この紙片の 裏面)  ↓


     愛の神よ、何と辛い別れかな。
       ─コノン・ド・ベチューヌ『シャンソン』(海の彼方の巡礼者)





      前立腺─Prostata─

いのちあるものはいとほし冬さればプランターに培(か)ふビオラ・フィオリーナ

ま白なる花あまたつけ咲き満ちし一夏(いちげ)はニューギニア・インパチェンス

間なくして用済みとなる器官なれ愛(いと)しきかなや我が前立腺(Prostata)

PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳(かげ)

男たる徴(しるし)はばまむ薬にて去勢に同じきLH・RHアナログ

下垂体ゆ出づるホルモン断たんとし予後よき癌かわれのadenocarcinoma( 腺癌)

猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術(すべ)は拒みつ

いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

semen(精 液)の一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

       生 き る

たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

  抗癌剤それは毒物「毒をもて毒を制す」と世に言ふ
妻に効く抗癌剤求め尋(と)め来たる某がんセンター丘の上にあり

マンスリー・マンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

「原発不詳」とカルテに書かれゐたりけりロプノールのごとくわれらさまよふ

妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光(ゆふかげ)赤く

「死に場所は故郷が理想」主治医言ふ、われら同意す帰心矢のごとく

民間の救急車に揺られ帰りつく京都の地なり地の香なつかし

ベッド拘束されてゐたのが嘘のやうリハビリの成果杖なしで歩く

点滴も服用薬もなし自前なる免疫力で妻は生きる

小康のひとときを得し安らぎに家族の絆(きずな)深まる春だ

  イタリアの諺にいふ、<人は時を測り 時は人を計る>
アメリカ留学帰りのM助手斯界の権威、三十代なかば

   リニアック二一〇〇CDはアメリカ製深部照射X線治療器
照射時間十五秒×2、リニアックは我がいとしの前立腺(prostata)を射る

照射位置を示す腰間の+の字三七回済みたればアルコールで消す

「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

       幽 明

  母の死は十三年前の四月十二日、妻の死は四月十五日
桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

「一切の治療は止めて、死んでもいい」娘(こ)に訴へしは死の三日前

好みたる「渡る世間は鬼ばかり」観てゐたりしは半月前か

吾(あ)と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

  園芸先進国オランダの東インド会社にインターネットで発注した
誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ 哀(かな)し

夢うつつに希(ねが)ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ

   若い頃には聖歌隊に居て、コーラスや音楽をこよなく愛した妻だが
夏川りみの「心つたえ」の唄ながすCDかけたれど「雑音」だといふ

    オキシコンチン、モルヒネ鎮痛薬なれど所詮は麻薬
訴ふる痛みに処方されし麻薬 末期(まつご)の妻には効き過ぎたらむ

たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ 果つ

とことはに幽明を分くる現(うつ)し身と思へば悲し ま寂(さび)しく悲し

助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤(ひと)りよ 

   昨年春の私の前立腺ガン放射線治療は成功したやうだ
私の三カ月ごとの診察日「京大」と日記にメモせり 妻は

<朝立ち>を告ぐれば「それはおめでたう」何がおめでたいだ 今は虚しく

<男性性>復活したる我ながら掻き抱くべき妻亡く あはれ

         明 星 の 

けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

       聞きなしと覚えて亡嬬の呟くとや
ちよつと来いちよつと来いとぞ宣(のたま)へど主(ぬし)の姿が見えませぬぞえ

哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

      四国遍路、同行三人
渦潮を見つつ辿れる海道は落花しきりの鳴戸の春ぞ

さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

鎮魂の念(おも)ひやまずも南(みんなみ)の里べの土を踏みて歩めば

吾(あ)と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

       最御崎寺・室戸東寺
最御崎(ほつみさき)いづれば虚空に風立ちて御厨人窟(み く ろ ど)といふ洞の見えつつ

<明星(あかぼし)の出でぬる方の東(ひがし)寺>などて迷ひを抱きませうぞ

       金剛頂寺・室戸西寺
薬師(くすし)なる本尊いまし往生は<月の傾く西(にし)寺の空>

赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

紫の斑も賑はしく咲きいづる杜鵑草(ほととぎす)それは「永遠にあなたのもの」

        う つ し み は

うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

   <夢うつつに希ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ>
亡き妻が譫言(うはごと)に希(ねが)ひし三女の子生れいでたり梅雨の半ばを

亡き妻の<生れ変り>と言はれをり生殖年齢ぎりぎりの男孫

流産あまた前置胎盤逆子など乗り越えて帝王切開に生まる

        廣貴(ひろき)と名づけらる
三番目の孫とし言ひていとけなし二十年の歳月われを老いしむ

       州見山

三香原布當(みかのはらふたぎ)の野辺をさを鹿は嬬(つま)呼び響(とよ)む朝が来にけり

山の端の羅(うすもの)引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

あしひきの州見(くにみ)の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川

あららぎの丹(に)の実光れる櫟坂(いちさか)は寧楽(なら)と山城へだつる境

猫と老人めだつ島なるイドラ島エーゲ海の光燦と注ぎぬ

エーゲ海の島の日向に老人が屯しゐたり そんな日が来る

ニッポンの老いびとたちも日がな日がなG(グラウンド)ゴルフの球(たま)と遊べり

いそいそと誰に見しよとの耳飾り身をやつし行く老いの華やぎ

百歳を超すひと三六二七六人祝ふべきかな老人国ニッポン

<死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾(うべ)なふ 青葡萄生なる

狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解き待てる若草の嬬

拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし女男(め を)の熟睡(うまい)なるべし


    菊慈童めき  付・挿入歌二首

人倫の通はぬ処、狐狼野千(ころうやせん)の住み処(か)とぞいふ菊咲く処

  甘谷の水は菊水「菊慈童」の七百歳のいのちこそ憶へ─ 木村草弥

蜜壺にあふるるものに口つけて陶然とすれば菊慈童めき

ケータイがどこかで鳴るな、あの音を鳴らぬ設定にしておきなさい

その場所をあなたの舌がかき混ぜた 快楽(けらく)の果てに濃い叢(くさむら)だ

ふたりは繋がつて獣のかたちになる 濃い叢にあふれだす蜜

頭と頭よせあつてかき抱けばぢきに夜の闇が二人を包む

刻々と<時>は進むがカレンダーはもう見ないでよ無明のうつつ

睦みあひもだえしのちは寂(さび)しくも泥のごとくに眠れるわれら

山の端に朝日のぼりぬあかときをわれらはひしと掻き抱きたり

  ぬれてほす山路の菊のつゆのまにいつしか千歳を我は経にけむ─ 素性法師

飲むからにげにも薬と菊水の月は宵の間身は酔ひにつつ

<愛の寓意>何の謂ひぞも 股間から春画のままに滾(たぎ)るものかな

   長歌 京終と称ふる地なる(抄)

    石川郎女と大伴宿祢田主との贈答歌
遊士(みやびを)とわれは聞けるを屋戸借さずわれを還せりおその風流士(みやびを)
遊士にわれは有りけり屋戸借さず還ししわれぞ風流士にはある


山背(やましろ)の 杣のわが屋戸(やど) 西つかた 神奈備山に

五百枝(いほえ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の樹の

弥(いや)つぎつぎに 絶ゆることなく ありつつも 止(や)まず通はむ。

青丹によし 寧楽(なら)の京師(みやこ)に 春の日は 山し見がほし

秋の夜は 河し清(さや)けし 旦(あさ)雲に 鶴(たづ)は乱れつ

夕霧に かはづは騒ぐ。

京終(きようばて)と称(とな)ふる地なる 仮庵(いほ)の 高楼の屋戸ゆ

玻璃戸より ふりさけ見れば 春日なる 若草山に 雪は著(しる)しも

一人して 巻きたる帯を 二人して 帯解(おびとけ)て寝(ぬ)る 若草の嬬(つま)。



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