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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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春日真木子歌集『水の夢』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
春日

──新・読書ノート──

     春日真木子歌集『水の夢』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                  ・・・・・・・KADOKAWA刊2015/01/25・・・・・・・

この本は春日真木子さんの第十二歌集になる。
編集元の角川学芸出版から恵贈されてきたばかりである。
春日さんの経歴については、Wikipedia─春日真木子 を参照されたい。

春日さんの経歴を見てもらえば判る通り、春日さんの父上は松田常憲氏であり、短歌結社「水甕」創立に大きく関わられた。
その父上の志を継いで、今や創刊百年を迎えた「水甕」社の代表として心血を注いでおられる。
この歌集の題名の「水の夢」というのも、「帯」の文章にも書かれている通りのお気持ちからである。
この本の片岡忠彦氏による装丁も「水」にふさわしく斬新である。
以下、私の好きな歌を引く。

  *すは 米寿やをら浮きたつ家族らに華甲へ還る鍵ひとつ欲る
  *雨脚をつきぬけひらく曼珠沙華茎ほそほそと紅おとろへず
  *一夜さを抗ひたりしくれなゐの美しき尖りを米寿のわれに

春日さんは昨年めでたく「米寿」をお迎えになった。 お喜ばしい限りであるが、この歌の<すは 米寿>という出だしが、何とも「ポッと出」手法で秀逸である。
なお蛇足的に書いておくと「華甲」とは六十歳のことを表す漢語である。「せめて六十歳に戻るカギがほしいものよね」という春日さんの「おねだり」が微笑ましい。
「二十歳に戻してくれろ」という大それた欲ではない。せめて「華甲に」という奥床しい欲、である。

  *かいくぐりみどりの闇に濡れて待つさみどり一躯顕ちくる夢を
  *夢はまた火色の言葉と知るまでをあなたと歩く熱砂の上を
  *あの方の指さす彼方へ歩を運ぶ身は灼かれつつ大地はてなし

この一連は角川書店「短歌」誌巻頭の「夢」と題する写真とのコラボレーションのグラビア企画のもので、そこには、こんなコメントが付けられている。

<睡りは小さな死だ。私は宇宙を彷徨ひ、異星へと旅をしてゐる。同じやうに彼岸の人たち
  の魂も浮遊し、たまたま出会ふことがある。夢さめて知るのは生への懐かしさである。夢
  は小さな生命、ふたたび今日を生きる私の原動力だ。示された写真によつて、緑と生命の
  繋がりを感じた。魂の色もまた緑だ。緑の一隅がふと翻る、あれは誰の魂だらうか。

  夢もまたひとつの意志の持続である>

「あの方」とは、若くして死別された亡夫君か、それともお父上か、「水甕」の先達たちか、読者がさまざまに想起していいだろう。
<夢もまたひとつの意志の持続である>というところに短歌結社「水甕」誌百年に通ずる春日さんの熱い「想い」を知るのである。

  *ひとつ火を継ぎて継ぎての百年ぞわれは九人目のアンカーにあらず
  *百年を百一年へ繋ぐいま正念場とぞまつすぐのこゑ

「水甕」百年を控えて、この数年、拘り続けて来られた春日さんの執念が詠わせた絶唱である。

平成二十五年の項の歌に、<水系に>というのがあり、

 <二月生れの私の星座は、魚座である。そして結社は「水甕」だ。これが水への眷恋の作用
   に繋がつたのであらうか。或いは千年猛暑の日日、ともすれば生枯れの身が、水を呼ぶの
   だらうか。水を飲み、身の裡のどこかがほとりと崩れる。水が私を揺らすのだ。>

というコメントが置かれている。
偶然だが、私は二月七日生まれで、星座は「みずがめ座」である。

  *水甕の底にとろりと映れるは百年前の朝焼けならめ
  *あをあをと潮のごとく水張らむ備前火襷今日の水甕
  *かすかなる風にも震ふ水の膚 表面張力円みやさしも
  *水系に吾も入らむ水苔の匂ふ稚き鮎を愛でつつ
  *不倒翁起き上り小法師てーぶるに心を起たすいまのわたくし

つづく一連の歌も水甕にまつわって情趣ふかい。

  *今年まだ桜を見ずといふわれにハイブリッド車の扉が開く
  *朝空に捥ぎたる林檎きしきしと張りつめてあり 臍愛らしも
  *臍たてて林檎をたどりゆき笑ふ臍あり 太郎の臍よ
  *存へてわれは触れたし若草の太郎の咽喉のアダムの林檎

今どきの風俗詠として「ハイブリッド車」が登場して、今日的である。
さりげなく「曾孫」(?)の太郎君の「臍」のことが詠われて、次の歌では、成人して青年になった太郎君の「のど仏」に想いが飛んで、微笑ましい。可愛いくて仕方がないのだろう。

巻末の歌は

  *支へ木に凭れひらける牡丹の紅へ向く今日のわが杖

である。 おみ脚が少し不自由であれらるのか、今年の宮中歌会始の「召人」としてのお姿を拝見したが、これからも益々お元気で、水甕の次の百年と、歌壇のために活躍をお願いしたい。


私は春日さんには多大の恩義を蒙っている。 ↓ 以下の「書評」を、ご覧いただきたい。
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──書評・評論──再掲載・初出(角川書店「短歌」平成11年9月号所載)

        「自己存在の起源を求めて」・・・・・・・・・・・・・・春日真木子
              ・・・・・・木村草弥歌集『嘉木』書評・・・・・・・・・・

『嘉木』は、木村草弥氏の第二歌集。
集名は、陸羽の『茶経』の「茶は南方の嘉木なり」によるもの。
表紙の「製茶の図」が格調を示すのも「生業である<茶>に対するこだわり」のあらわれであろう。

    ・汗あえて茶を刈る時にそぼつ身を女神のごとき風通るなり
    ・<汗匂ふゆゑにわれ在り>夏草を刈りゐたるとき不意に想ひぬ
    ・立春の茶畑の土にくつきりと生命線のごと日脚のびたり
宇治茶問屋の経営主の木村氏が、自ら茶摘みに励まれる歌。
一、二首目のヨーロッパ的教養が、茶摘みにあらたな匂いを添え、
三首目、立春の日脚の伸びる茶畑は、次の芽生えを育む光を浴び明るく健やかである。

    ・山城の荘園領主に楯つけば「東大寺文書」に悪党と呼ぶ
    ・年貢帳にいみじくも記す八十六人、三石以下にて貧しさにじむ
    ・女の名は書かず女房、母とのみ宗旨人別帳は嘉永四年
氏の住む周辺は、玉つ岡、青谷の里、つぎねふ山城、と地名うつくしく、また豊かな歴史がある。
古典、古文書を身近に引き寄せ、その上に数十首の歴史詠があるが、
抄出のように弱い立場の階級に視点をとどめる歌に注目した。
古文書の謎めいた一行が明快に甦るのも韻律の働きであろうか。
実証的な内容に雰囲気が加わり、つぎねふ山城は生命ゆたかに、木村氏の精神風土となっている。
「自らのアイデンティティを求めたのか」と川口美根子氏の帯文にある。
まことに自己存在の源を求めて郷土への執着が窺われ、この上に茶園があり、氏の四季詠がしずかに光を放っている。

<ともしびが音もなく凍る冬の夜は書架こそわれの黄金郷(エルドラド)たれ>の一首もあるが、
旺盛な知識欲と博識は、自から一集に滲む。

    ・葡萄摘むアダムの裔(すゑ)の青くさき腋窩あらはに濃むらさきなす
    ・押し合ひて群集はときに暗愚なり群を離れて「岩うつモーゼ」
    ・ヘブライの筆記のごとく右から左へ「創造」の絵はブルーに染まる
海外詠も、キリスト教的起源に触れ、英知を求めての旅であったろうか。
旧約を力づよい詩魂で描いたシャガールの図像に、知識人らしい見方がもりこまれている。

    ・黒猫が狭庭をよぎる夕べにてチベットの「死の書」を読み始む
    ・サドを隠れ読みし罌粟畑均されて秋陽かがやく墓地となりたり
「死の書」もサドも、日常現実のなかでうまく溶けあい、言葉の繋りにより気配が生れ、雰囲気のひろがる歌。
「詩はダンスである」、氏の心得とされるヴァレリーの言葉を重ねて味わっている。
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私はいつも言っていることだが、私には、導いて頂いた三人の恩人の女性がある。
はじめは、私に短歌への道筋をつけて下さった「コスモス」創刊同人の安立スハルさん。
次には、私を一人前の歌人として鍛えていただいた「未来」の川口美根子さん。
いずれも、惜しいことに亡くなられた。
そして、今ひとりは「水甕」の春日真木子さんである。
上に引いた通り、ようやく歌人の仲間入りをしたばかりの私の背を押して、自信を持たせていただいたのが先生である。
ここに記して感謝申し上げる。
不十分だが、ご恵贈に御礼申し上げ、ご紹介する次第である。


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