K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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ある日/ポロリと歯が抜けて/御飯の中におちた。/御飯の中からつまみ出し/てのひらに転がしながら・・・・・・天野忠
天野
20101128_1403708桃の花

        桃の花・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天野忠

   ある日
   ポロリと歯が抜けて
   御飯の中におちた。
   御飯の中からつまみ出し
   てのひらに転がしながら
    「長いことつれ添うてもろうて
    御苦労さん・・・・・」
   と頭を下げたら
   フフフ・・・・・と
   横で 古女房が笑った。
   眼尻にいっぱい黒い皺をよせて。

   桃の花が咲いた
   その朝。
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この詩は京都の誇る詩人・天野忠さんの詩である。
この詩は多くの詩集の中から夫婦を詠んだものを集めて『夫婦の肖像』1983年編集工房ノア刊に載るもので、
初出は1974年刊の「天野忠詩集」に収録されていたものである。
天野忠さんは先年亡くなったが、現代詩特有の難解な暗喩を使うこともなく、日常使うような平易な言葉を使って作詩した。
『私有地』という詩集で昭和56年度・第33回「読売文学賞」を受賞された。他の詩集には『掌の上の灰』『讃め歌抄』などがある。

この詩集の「帯」で富士正晴が、次のように書いている。
<詩を完結させる見事さは、そこに一つのアイマイさも、鈍重さも、ごまかしもなく、冴えかえったエスプリとでもいったものがあり、詩人はまことにつつましやかに見えるが、微塵ゆらがぬ賢者のおもむきがあり、しかも老いのユーモアと、いたずらの精神による寛容なサービスも忘れていない。
「夫婦の肖像」とあるのにたがわず、多くの詩に夫婦共演の趣があって、そのおもむきはこれを読む老男、老女のこころをなごませ、一時の解放感、ゆとりのある感動によって、自分が老人であることの滑稽さと同時に安定した気分を抱かせるのにちがいないようだ。>

少し長い引用になったが、天野さんは若い頃は、もう少し肌ざわりの違う詩を書いていたが、
老年になって洒脱な、人を食ったような飄逸な詩世界を表現するようになった。
この詩には、特別に解説を要するようなものは、何も要らない。そのまま、素直に鑑賞したい。
天野さんの詩を選ぶ時も、現代詩というものは、「季節」を詠うものではないので、苦労した。
京都では、医師であって、物書きであった松田道雄氏などとの交友があったようだ。

ここで、『私有地』から短い詩をひとつ紹介しておく。
天野②

         花・・・・・・・・・・・・・・・天野忠

    山桜のふとい枝が一本
    ごろりんと
    道ばたにころがっている。
    土をいっぱい載せたダンプカーのお尻に
    何べんとなくこすられ
    とうとう辛抱しきれずに
    道ばたに倒れてしまったのである。
    それでも春だから
    ぼろぼろの胴体にくっついた
    小枝の花は
    まだチラホラと咲いている。
    風が吹くと
    チラリホラリとこぼれる。

    それが非常に綺麗で困る。
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天野忠はビッグな詩人ではなかったので、本人の写真も記事もなかなか見つからない。この辺で終る。また見つかれば後から追加する。


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