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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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南風桃子詩集『うずら』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
うずら

──新・読書ノート──

       南風桃子詩集『うずら』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                     ・・・・・・空とぶキリン社2015/03/15刊・・・・・・・・

著者の南風桃子さんのことは何も知らない。
この本は著者から贈られてきたもので、出版社主宰の高階杞一さんの指示によるものだろう。
ウズラのイラストは、平野はるひ さんのもので、何とも味わい深く、可愛い。
作者が、どういう気持で題名を「うずら」とされたのか、追々みてみよう。
先ず「うずら」という言葉の出てくる詩を引いてみよう。

          うずらの詩・・・・・・・・・・南風桃子

     よたかは
     ほしになったけど
     わたしの星はなんだろな

     むれる ぎんが
     ひとりの しりうす
     いちわの うずら        (うずらの詩 部分)
--------------------------------------------------------------------------
これは、この本の巻頭に載るイントロの詩の冒頭である。
全部で34行もあるので一部を引いてみた。

<このちいさな詩集を 文学を一生愛し続けた父へ捧げます> と「あとがき」に書いてある。
詩作品の中にも「父への手紙」という一篇もあるが、長い長い詩だけど、父への「想い」が、一人合点のようで、読者には巧く伝わらないようである。

鶉(うずら)は本来、北東アジアに野生する鳥で、日本には越冬のために飛来する鳥のようであり、ウズラの卵は、日本では愛知県・豊橋市を中心に飼育されて採卵されるという。
田舎暮らしの私だが、寡聞にして、野生の鳥を見たこともないし、飼育される養鶏場を見受けることも無い。

この本の「帯」で、高階さんは

     <生きていく中での喜びや悲しみを
         ユーモアのレースにくるんで歌った
       おかしくもほろ苦いうずらの世界。>

と書いておられる。
作者が「うずら」と題したかったのも、そういう意味からなのだろう。
一読して感じるのは、作者は「田園」育ちの人であり、決して「都会」育ちの人ではない、と断言してよいだろう。
巻末の略歴によると、大分県佐伯市生まれで、今も、ここに住んでおられる。 田舎暮らしの私だから言えることである。

「うずらの時」 「うずら・くノ一」 「哀愁うずらおやじ」 など、「うずら」の字の入った詩がある。 また、
「うずらの大群が/地平線のかなたから・・・おしよせてくる」とかの描写もある。
「家族を養わなければならないので/とりあえず/うずららしくなってみようと努力した・・・・」とか、
「みんなから/うずらのくせに態度がでかいと・・・・」とか、
「うずらはつらいよ」とか「うずらの分際で」とか、 という詩句が出てくる。
大分の田園では、こういう現象や言動が普通なのだろうか。 ウズラの姿も卵も見たことがない私にとっては、大きな驚きである。
「うずら」という言葉に拘るのはやめて、詩を引いてみよう。

        拈華微笑(ねんげ・みしょう)・・・・・・・・・・南風桃子

      うずらの坊主が
      サクラの花散る境内で
      とつとつと説教

      あるようでないのが
      この世
      ないようであるのが
      あの世だよと

      あたしはすっかり感心
      隣のガイコツがぽんとヒザをうち
      桜餅も天の棚から落ちてくる

      深遠な真理に
      おしゃかさまもすっくと立ち上がり
      拈華微笑
----------------------------------------------------------------------
「拈華微笑」もそうだが、この詩集には仏教のことや仏教用語が何回か出てくる。 これも、この詩集の特徴の一つである。
ようやく春めいて来たので、こんな詩は、いかが?

          春宵・・・・・・・・・・・南風桃子

       しずかなあまい
       はるのよい
       わたしはあなたを
       ほうむった

       さくさくと
       わたしのこころの
       おくふかく

       だれもしらない
       はなといっしょに───


          春の駅・・・・・・・・・・・・南風桃子

       あの日から
       あの日と同じ場所と時間が
       わたしのあたまのなかを
       くりかえし、くりかえし   
       電車が動き出すあなたがいってしまう
       わたしはそのたびにくりかえし、
       くりかえし
       あなたを見送る
       春の駅


          春の葬列・・・・・・・・・南風桃子

       春。

       ひかりのなかで
       葬列をみた

       鳴り物がなりひびき
       泣き女の声が
       るりいろの空にすいこまれていく
               ・
               ・
               ・
       ああ
       こんな春に

       ひとが ひとり
       しんだのだ


           ひがんばな・・・・・・・・・南風桃子

       そんなに
       へろへろと
       わらうな
       真っ赤な口をあけて
       赤い肉をみせるな
       きびすを返し
       歩き出しても
       背中がぞわぞわと感じている
       あなたらのおしゃべり
              ・
              ・
              ・


           胸をはる日・・・・・・・・南風桃子

       春のルンビニ幼稚園
       五月生まれはただ一人。
       わたしの五歳のおたんじょう会

       わたしは天下をとったように
       胸をはっていた
       まっすぐに
           ・
           ・
           ・
       あれから
       五歳のわたしは五十歳になった。
       何者にもなれないままに───

       ふと、おもう

       あの日のように
       胸をはる日はくるのかな
       
       またあの日のように
       胸をはれる日はくるのかな

       あんなにも、
       あんなにもまっすぐに
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詩作りの常套手段だが、詩句の「ルフラン」と、「一字違い」の「対句」の繰り返しが、快い。 

全部で32篇の詩が収録されている。 一部しか採り上げられなかったが、お許しを。
「空とぶキリン社」という、高階杞一さんの出版社を選ばれたのは正解だった、と申し上げて紹介を終わりたい。
ご恵贈ありがとうございました。



          
           

       

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