FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201903<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201905
光本恵子エッセイ集『人生の伴侶』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
光本

──新・読書ノート──

      光本恵子エッセイ集『人生の伴侶』・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                    ・・・・・・ながらみ書房2015/04/21刊・・・・・・

私が敬愛する自由律短歌作家・光本恵子さんから、この本が贈られてきた。
この本は光本さんが主宰する「未来山脈」誌に二十年余、毎月書いて来られた巻頭エッセイを一冊にまとめられたものである。
見開き二ページに一回分が収まる長さのものである。

この本の題名になった「人生の伴侶」など三点を引いておきたい。

    人生の伴侶       光本恵子

人生は一瞬一瞬という点を宇宙の空間にきざむ時間の連鎖である。短歌はその連鎖の断面を
活字にして捕らえる。どこを切り選択するかが、その人の詩的な感性ということになるのだろう
か。
 時を刻むその輝きを確かに訴えてくる瞬間がある。その時を見たいと思う。
 わたしはまだ目覚めない湖畔の闇に犬を連れていた。
 八ケ岳の稜線から顔をのぞかせ、朝日が昇るわずかの時間。
 その宇宙の闇が割け紫の光が流れ、しだいにぼっかり口を開いた隙間から赤い血潮のような
光がこぼれてくる。ステンドグラスに反射するように縦横に放射して、血潮は銀色から黄金色に
変わり山から湖水まで広がった。水面はきらめいて、動く度にキラキラお喋りを始めた。しばら
く、その場にたたずんでいると、奮いたたせるような感動と喜びが交錯してあっという間に明る
い朝がきた。闇から光に変わる瞬間に幾度遭遇するのだろう。出会うたび、人は豊かになってい
くのだろうか。
太陽が山の稜線に隠れる夕日も、わたしの胸に刻み込まれ哀惜の念に立ちどまる。茜の空に向
かい、永遠に去っていった人を思い、闇の中にその人の星を見つける。亡くなった人は何も語っ
てはくれない。しかし、星の輝きは永遠だ。過去、現在、未来と語りつづけて湖上の瞬きは饒舌
である。
感動の断面を短歌に詠み続けて「未来山脈」は十年を越えた。一人二人とやまなみの仲間は增
え、手をつなぎ、励まし合い通算一二〇号になった。これからが険しい山坂。あまり気負わずマ
イペースの歩みで今までと同じようにしっかり足を踏みしめて歩いていきたい。苦しみも哀しみ
も時を刻む生命そのものを、短歌にぶつけ表現していきたい。
口語短歌もまた人生の良き伴侶である。
--------------------------------------------------------------------------

            光本恵子

なんってことか。今朝は蕾であった桜が、顧集を済ませて、ちょっと戸外に自動車を飛ばして
驚いた。今日、四月十二日のバカ陽気に一日で桜が開ききってしまった。諏訪地方のこんなに早
い満開は珍しい。
信州の中ほどに位置する誡訪松本地方は日本の「臍」と呼ぶ人がいる。日本列島を女体にすれ
ば、北海道は頭部、九州沖縄あたりが足の様相と考えると、信州の諏訪湖は、臍に当たるという
のである。
この諏訪地方は本州の真中に北海道があるようなもの。桜前線を見ていくと、沖縄から九州
に向かって咲き始める桜は名古屋、北陸から仙台あたりまで咲いて、いよいよ北海道に上陸とい
う手前で、本土の中部である諏訪に戻ってくる。諏訪の街は、海抜八〇〇メートルという高原の
町。関西あたりから比較すると開花は一か月も遅れるのが普通である。鳥取生まれのわたしは四
月の入学式は桜で華やかな校門を赤いランドセルを背負って入学した記憶があるが、ここは入学
式に桜はない。
年によっては五月の連休のころ、満開核の下で御柱祭の里引きをする。'まるで花まで祭りを声
援していると思ったことである。
日本のあちこちに桜の名所があるが、信州のこのあたりでは、伊那市に隣接する高遠の桜が名
高い。江戸城大奥から流罪となった絵島生島事件の絵島の流された「高遠城址」の千五百本の桜
は哀しいまでの薄墨色で大勢の花見客で賑わう。
すいげつえん
わたしは近所の「水月園」でこの季節は楽しむことにしている。鎌倉街道、中仙道、甲州街道
の交差する地の利にあって、諏訪盆地が一望できる小高い丘の水月園。句碑や歌碑が三十数基も
あり、文学散歩としてもなかなか良い。ソメイヨシノ、コヒガンザクラが千本もあり下諏訪の桜
の名所である。
忘れられない桜は、宇野千代が小説に書いて復興し、世に知られる岐阜県の「根尾谷の薄墨
桜」。我が家からは中央線の塩尻で特急「しなの号」に乗り名古屋まで行き、大垣から樽見鉄道
に乗り換え終着駅で下車。そこから徒歩で二十分くらい歩いたろうか。淡い墨の桜と書く。ピン
クの桜を支える黒い幾本もの支柱棒がなんとも哀れであった。次はその折詠んだわたしの短歌四
首。

淡墨桜 お化けのように垂れてあの世とこの世を行き来する
千年の命を充たしたか根尾谷の淡墨桜 恨みを残して死にきれぬ
手を広げた黒く太い幹にかぶさるように老花あわくあでやか
生き続けることはしんどいことだ品位を保つこととは更にしんどい
-----------------------------------------------------------------------

    編集者・石井計記      光本恵子

編集者・石井計記氏が二月二十二日亡くなった。彼は八十歳にして作家で、出版社甲陽書房の
現役の社主でもあった。「未来山脈」社関係の本もいくつか刊行していただいた。
氏に初めて私が会ったのは、十五年ほど前、ある詩人の集いに招かれたときである。出家した
平清盛のような大きな石頭で、ビ—ルを飲んだ赤い顔で、じっと見つめられた。私の歌集『薄
氷』の感想であったと思うが、その批評する言葉にはメリハリがあり、眼には何かを射抜こうと
するような強い意志が感じられた。
「僕は山梨県生まれだから、山梨に関係する作家が大切なように、きみは鳥取生まれだから
もっと郷里のことを知る必要がある」と語られた。鳥取県の作家、尾崎翠や村雨退ニ郎、生田春
月、白井喬二の本を勧められ、郷里の作家を勉強するきっかけを作ってくださった。
十代から評論家の小林秀雄の下「創元社」で編集の修行をした人である。「無限抱擁Jの瀧井
孝作に可愛がられた話、川端康成には『雪国』の原稿を貰うためずいぶん辛抱して、新潟県の狭
い湯沢の宿で原稿を待っていた話。また『雪国』の小説の始まりがくどくどと長かったものを、
当時の編集長であった小林秀雄がスパッと切り落として、
「國境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まっ
た。・・・・・」の有名な出だしになったのだと聞いたり、その他、さまざまな作品ができるまでの
裏話を聞くのは楽しかった。丁寧な仕事、本を作る意味、その厳しさと活字への信頼を繰返し
語った。編集者としての誇りや気質が徹底していて、時には私もむっとすることがあつたが、妥
協を許さない編集者であったから、最近のコンピュータ—で拡大縮小など自在にできる本造りは
安易で許せなかったのであろう。
奥さんが亡くなられてから独り暮らしの中で本に埋まり、本の谷間で生活し、物を書いてい
た。夜になると脇に本をかかえ、居酒屋を点々と飲み歩く。酒と人間が大好きな人であった。石
井氏は最後の文人といえようか。しかし、時には俗人離れした仙人のようにも見えたものであ
る。
どんなに高価な本でも読む必要を感じる書物に関しては、惜しげもなく買い求めていた。
入院されてからも、出版予定の本を細やかに校正していた。彼の脳には、作家と作品が刻みこ
まれ、知識の宝庫のような人であった。その裏での努力、読書の量は計り知れなかった。
--------------------------------------------------------------------------
全部で148篇の作品が収録されているので、ここに引いたものが代表作という訳ではない。
私にとって印象的なものを恣意的に引いたので、了承されたい。
書かれた年月日が記載されていないが、掲載順は「逆編年」になっているようである。
はじめに引いたのは題名になっている文章だし、二番目に引いたのは、今しも桜の季節だからであり、
三番目のものは石井計記という編集者だが、小林秀雄や川端康成の『雪国』にまつわる「秘話」が書かれていて私の記憶に強く残っていたからである。

「短歌」「俳句」の結社誌というものは、大変な労力と金銭的な負担を伴うもので、しかも毎月定期的に発行するというのは、並大抵のことではない。
個人的には毎年、多大な「持ち出し」だろう。 よく、おやりになると感心する次第である。

ご恵贈に感謝いたします。
(お断り・本文はスキャナで取り込んだので、多くの文字化けが生じる。子細に修正したが、まだあれば指摘してくださいす。すぐに直します。)




コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.