K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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三浦好博 『無冠の馬』 評──私信と好きな歌
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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     三浦好博 『無冠の馬』 評──私信と好きな歌

木村草弥さま
早いもので八十八夜が過ぎました。草弥様は既に後進に事業を讓っておられますが、お茶の季節になるとその感慨も一入と思われます。
御歌集『蕪冠の馬』ご出版誠におめでとうございます。そして私にもお贈りくださいましてありがとうございました。
お陰様で体調には変わりはありませんが、市内からは出ることはなく、もっぱら銚子短歌会と地中海銚子支社の歌会のみを取り仕切っております。
角川の杉岡氏が退職をされたようで、木村様の御歌集にかかわったのが最後だったのでしょうか。早速読ませていただきました。

歌集名の『無冠の馬』は、歌集の構想を練ったのが、ご自身の午年(年男)の八十五歲であったという事でありましょう。
「無冠」はセントサイモンの無冠馬にかけて、ご自身を准えたのかと思われます。凄い馬だったのですね。
僅か二十九歳で逝ったアーチャーという騎手が、「この先の私の人生、二度とこんな馬に出会うことはないだろう。あれは馬ではなく走る蒸気機関車だ…」と述べていたようですね。

『無冠の馬』には「あとがき」などがなく、珍しい歌集だと思いました。
それだけに歌からしか全般の主張を読み解かねばならず、知識と教養のない者にはとても大変な歌集でした。
広く深い教養と歌集の構成にただただ驚くばかりでした。

  *凡愚凡人しかも陰萎のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

ここまで、詠めるということも歌人になる必要条件なのでしょうね。私も見習わなければなりません。
出雲八重垣の歌や落ちやまぬ椿の花に、ちちぶさを包む幻影を見る感覚、湯たんぽを抱きて眠る仕草など、
また、スリランカやカンボジアの旅にて得た旅の歌にもエロスがふんだんに散りばめられていました。
なんと言っても、Ⅲの「幽明——弥生の死のあとさき」の項の終わりからふたつ目、菊慈童の各歌には立ち止まりました。
夭折の画家といってもよい菱田春草の菊慈童は見た事がありますが、朦朧体の童は正に不老不死の竟地でありましょう。
これらのことから带文の言葉が立ち上がって来る思いです。
私は祭りにはほとんど関心がなく (本来的にはまつりごとイコール玫治なのでありまして、無関心である事は許されません)、次々と出てきます祭り行事には、理解するのが難題でありました。
また、私は旅のうたは基本的に、自身の感動を伝えるのはよほど表現を工夫しなければいけないから、詠んでもなかなか良い歌はできない、と歌論で読んだことがあります。
私も二十数回くらいは海外への旅はしておりますが、うたを詠んで歌集に入れたのはタイとインドとマレーシアで、それもほんの僅かでした。
今BSブレミァ厶にて「世界で一番美しいとき」をやっていまして、これを見て、ああ行ったけれど行く季節を間違えたと思うばかりです。
インドはお釈迦様の国でありながら、殆どはヒンズー教になってしまいましたので(というより、仏教はヒンズ—教の一ジャンルと現地では言われておりました)、タイを旅した時の方が仏教は身近に感じられました。
仏陀の涅槃とアーナンダの事は存じております。タイとカンボジア、スリランカ等は今もって仏陀の影饗が強いのですね。
インドではヒンズー教の寺院の彫刻に、人目を憚る様なものがたくさんあり、木村様がスリランカやカンボジアでご覧になったものとの互いの影響があるように思われます。

   *三香原布當の野边をさを鹿は嬬呼び響む朝が来にけり

   *山の端の羅引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

   *あららぎの丹の実光れる櫟坂は寧楽と山城へだつる境

   *拓かれし州見台てふ仮り庵に愛ぐはし女男の熟睡なるべし

流れがよく万葉集のうたを読んでいるような心地がします。
それもその筈、お住まいの近くに恭仁京があったようですね。私は聖武天皇がその後に遷都した、紫香楽の宮跡を訪れたことがありましたが、恭仁京には行かずじまいでした。
お仕舞の長歌はおそらく奈良の都を讚えるうたであろうと思われますが、私には難しいです。平城京遷都千二百年の年の新年を奈良巿で迎えました。どうしても行きたかったのでした。
病気になる前でしたので、本当に行って良かったと思いました。
「生きる」「幽明」「明星の」「うつしみは」の項には何とも言いようもない命というものの儚さ荘嚴さとでも言うのでしょうか、立ち止まるを得ませんでした。
とても他人の真似のできない特異な境地だと思いました。うたのリズムが心地よく響き、私などは韻律より意味を持たせる歌ばかり詠みますので、ああ、やはり短歌はリズムだなとあらためてしみじみ思いながら読みました。
養生中の身では本当に集中力が足りなくなりました。
最近は簡単な断片的な感想に終始しております。木村様が表現しようとした事のどれ位理解したか、甚だ心許ない感じです。

別紙に私の好きな歌を挙げております。私好みに偏っていますので、作者にすれば不本意かもしれませんが、お許し下さい。
終わりになりましたが、歌集を出版すると疲れが出るのが普通です。本当にお疲れ様です。どうぞお体に注意されましてご自愛專一に日々をお送り下さいませ。
この度は御歌集『無冠の馬』ご出版まことにおめでとうございました。ありがとうございました。
それではご免下さい。               草々              三浦好博


    木村草弥歌集『無冠の馬』より 私の好きな歌         三浦好博(「地中海」編集委員)

  一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

  誰に逄はむ思ひにあらず近寄ればミモザの花の黄が初々し

  チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

  〈チュ—リップの花には侏儒が棲む>といふ人あり花にうかぶ宙あり

  落花舞ひあがれば花神たつごとし八重の垂乳根の逢魔が刻を

  海鳴りに椿の森の咲き满てり狂ひてみたき月夜なりける

  凡愚凡人しかも陰蒌のあけくれの曇りのひと日こころたゆたふ

  捨てるものまとめて背を丸めゐつ「寒いね」と交はす声が白いよ

  些事ひとつなどと言ふまじ煮凝りがぶるんと震ひひれ酒旨し

  ひと肌の恋しき季となりにけり湯たんぽ抱きて寝ぬるも哀れ

  休息のホテルの昼に同行のU氏離婚の秘め事洩らす

  闘鶏にチェスに賭事なす人ら食事の民も生活ほほゑまし

  されど君、說かるるはクメールの言ひ分ぞ正義はいつも支配者の側に

  地雷に脚を失ひし人老いも若きも寺院の門に物乞ひをせり

  『王道』を読みしも昔はるばると女の砦(バンテアイ・スレイ)に来たれる我か

  マル口ーが盗まむとせる女神像ひそやかなる笑みたたへてをりぬ

  ひと巡りにて足る寺院口ーブ張りて女神と我らを近づけしめず

  蓮の台ゆ股に女を挟みその胴に爪をたつるヴイシュヌ神はも

  水牛に水浴びさせる少年の総身に水滴したたりやまず

  素はだかに濁れる水に飛び込みてはしゃぎゐる児らに未来のあれな

  乳ふさも露はに見せて地母神は聖なる蛇を双手に握る

  黑衣なる聖職者が八百屋の店先で買ふ葡萄ひと房

  タベルナでゆふべ出会ひし美青年  今日はゲイのカップルでビ—チを

  間なくして用済みとなる器官なれ愛しきかなや我が前立腺

  猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

  semenの一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

  たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

  マンスリーマンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

  妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光赤く

  「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

  「一切の治療は止めて、死んでもいい」娘に訴へしは死の三日前

  吾と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

  誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴ—ルド見分け得ぬ 哀し

  たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ  果つ

  助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤りよ

  吾と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

  赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

  うつしみははかなく消えて失せにけり肉の記憶もおぼろとなりて

  三香原布當の野边をさを鹿は嬬呼ぴ響む朝が来にけり

  山の端の羅引きて朝日いづ茶細の丘の鯡の朝ぼらけ

  あららぎの丹の実光れる櫟坂は寧楽と山域へだつる境

  狩衣の乱るるなへに狛錦紐解き持てる若草の嬬

  拓かれし州見台てふ仮り庵に愛ぐはし女男の熟睡なるべし 
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畏敬する三浦好博氏から、私の歌集を仔細に読み解いた私信と抽出歌を賜った。ルビも忠実に再現してもらったが省略した。
全文を掲載して、深く、心より御礼申し上げる。
文中に「病気」とあるのは、先年、前立腺ガンの手術を受けられたからである。今は平癒されているようだが、ご養生専一に願いたい。 有難うございました。


         
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