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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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無音の谷ひとすじ 川遊びから戻ると戦争に負けていた・・・・・・・・・藤原光顕
db21a112cc944aff6e3b61e7c5540d90敗戦日
 ↑ 敗戦後の「焼け跡」

       無音の谷ひとすじ 
          川遊びから戻ると戦争に負けていた・・・・・・・・・藤原光顕


今日は、昭和二十年八月十五日、日本はポツダム宣言を受諾、無条件降伏して、第二次世界大戦が終結した日である。
今しも、A級戦犯・岸信介を祖父に持つ安倍晋三が「ポツダム宣言」「戦勝国・連合国」「敗戦国条項」などに異論を唱えて、素直に戦争責任を認めず、特にアジアの近隣諸国から非難を浴びている。
マスコミの名前を出して失礼するが、
七月下旬の「京都新聞」は、五十五年前の「安保」成立の頃の総理大臣・岸信介の名前を挙げて、「安倍晋三は自身を岸信介になぞらえて自己陶酔している」と評した。
まさに的確な言質というべく、敢えて、ここに引いておくものである。


戦後70年経ったからと言って、日本が近隣諸国を侵略し、何百万人の命と財産を奪い、大きな損害を与えたことは消し難い、厳然たる事実である。
「絶対的平和主義」なんていう意味不明の言辞を弄して、責任の所在について、素直に謝ろうとしないのは、愚の骨頂である。
歴代首相たちが表明してきたことを、そのままの言葉で踏襲したらいいのである。
何らかの「目新しい言辞」を作り出すことなど不必要なのである。
70年という年月は長いようであっても、侵略された国にとっては一瞬のことなのであり、忘れ難い年月なのである。
八十五年生きた私からすると、艦載機の機銃掃射に逃げまどった戦争末期の出来事は、つい昨日のような思い出なのである。
当時、私は中学三年生だったが、授業は一切なく、学徒動員で軍需工場で旋盤工としてロケット弾を削ったりしていた。
もはや日本軍には制空権はなく、日本近海には多数のアメリカの航空母艦が居て、そこから発進する艦載機が飛びまわって爆弾を落とし、機銃掃射を浴びせてきた。

戦中、敗戦後の苦労も知らない戦後生まれの「お坊ちゃん」に、とやかく言われて近隣諸国と無用の摩擦など、やってほしくないのである。
今しも中国の「覇権主義」が尖閣諸島や南国で事件を引き起こしている事実はある。 摩擦も起こっている。
さればこそ、無用の摩擦を事前に防ぐためにも「仲良く」して関係を良くしておく必要がある。それが「外交」というものではないのか。
祖父の岸信介が今の日米安保体制を作った。だから孫である私・安倍晋三が、祖父に並び称される「新」安保を成立させて歴史に名をとどめたい、というのが彼の心中だろう。
先に引用した京都新聞の「自己陶酔」云々という意味は、そういうことであろう。

安倍の評判は悪く、支持率も急速に下がっているので、最近は極めて慎重な言動に終始している。
「戦後七十年談話」も、村山富市などの「お詫び」の文言を談話の中に書き込むことになった。
しかし文面はずらずらと長たらしいもので、率直な「お詫び」の文章にはなっていない。「お詫び」も「引用」であって、彼自身の「お詫び」の言葉は、無い。お詫びの「主語」が無い。
中韓との関係を今以上に悪化させることは避けなければならない。
ともあれ敗戦の日を前にして「談話」が出されたことは、先ずはよかったとしよう。
言いたいことはたくさんあるが、最低限にとどめて、敗戦あるいは終戦について詠まれた句を引いて、戦没者のご冥福を祈り、近隣諸国にはお詫びの一日としたい。

掲出した歌は「芸術と自由」誌No:301─2015/7月号に載るものである。
私が敬愛する藤原氏は1935年生まれ、本年で満80歳になられる。
日本が戦争に負けたときは「少年」であった。本作は、そのときの「敗戦」記である。「自由律短歌」である。
敗戦記念日である今日に、敢えて掲載する意味を汲んでもらいたい。


  堪ふる事いまは暑のみや終戦日・・・・・・・・及川貞

  朝の髪一つに束ね終戦日・・・・・・・・菖蒲あや

  木々のこゑ石ころのこゑ終戦日・・・・・・・・鷹羽守行

  いつまでもいつも八月十五日・・・・・・・・綾部仁喜

  高館は雨のくさむら終戦日・・・・・・・・石崎素秋

  敗戦記念日の手花火の垂れ玉よ・・・・・・・・三橋敏雄

  敗戦日少年に川いまも流れ・・・・・・・・矢島渚男

  敗戦忌燃えてしまった青年ら・・・・・・・・北さとり

  この空を奈落より見き敗戦日・・・・・・・・岡田貞峰

  初心ありとせば八月十五日・・・・・・・・小桧山繁子

  敗戦忌海恋ふ貝を身につけて・・・・・・・・山本つぼみ

  終戦忌声なき声の遺書無数・・・・・・・・以東肇

  海原は父の墓標や敗戦忌・・・・・・・・中村啓輔

  終戦忌何も持たずに生きてきて・・・・・・・池田琴線女

  荼毘のごと燃やす破船や終戦日・・・・・・・・野村久子

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掲出した藤原作品に照応するものとして、矢島渚男の句が、きらりと屹立している。
当該句はゴチック体にしておいた。



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