K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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『無冠の馬』─私信と抽出歌10首・・・・・・・・・・・・萩岡良博
mukannouma (2)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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      『無冠の馬』─私信と抽出歌10首・・・・・・・・・・・・萩岡良博(「ヤママユ」編集委員)

梅雨間近の水無月の空を穿つように、ほととぎすが啼いています。
御歌集『無冠の馬』ご恵贈賜りありがとうございました。
十戦十勝の<無冠の馬>をご自身に引き寄せつつの洒脱な詠みぶり、教わること多く何度か拝読いたしました。
拙歌集につきましては、いつも逸早くお便り賜りますのに、御礼申し上げますのが遅くなり申し訳ありません。
小誌「ヤママユ」の刊行と夏季研究会、そして小生が関係しています明日香村の短歌大会の選考などの雑事が重なり、ペンを執るに至りませんでした。
博識のうえ健脚をはこんで詠まれており、素材が多岐にわたっているので、拝読して目を見張ることばかりでした。
カンボジアは小生も十年以上も前になりますが訪れたことがあります。
バンコクから百人乗りの小さな飛行機に乗って、真っ暗なシェムリアップの飛行場に降り立ったことを強烈に覚えています。
そして体に返り血を浴びたかと錯覚するほどのホテルのシャワーの赤い水に仰天しました。しかし歌は一首もありません。
木村さんのカンボジア詠を拝読しつつ、そんなことも思い出しながら抒情の追体験をいたしました。
拝読しているとスリランカやフランスへの旅情が痛いほど突き上げてきましたが、今は老父母をかかえていますので、その痛いほどの旅情は熟成させておくしかありません。
身勝手な言い訳と雑感はこれくらいにして、「帯」には引かれていない十首ばかりを書き写し、遅ればせながらの御礼に替えさせていただきます。

   一斉に翔びたつ白さにこぶし咲き岬より青い夜が来てゐる

   チューリップはらりと散りし一片にゴッホの削ぎし耳を想ひつ

   忍び足で迫りくる夢ふたつ三つ限りある時間の愛着のやうに

   足裏と頭ささふる枕にみる渦巻模様は太陽のシンボル

   インド洋より吹きくる風も心地よし凧あげする人あまた群れゐつ

   祇園祭の鉾に掛かれる「胴掛」のゴブラン織はリヨン産なり

   しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる

   クメールの大平原に太陽が朱の玉となり落ちてゆきけり

   たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

   とことはに幽明を分くる現し身と思へば悲し ま寂しく悲し


九首目の上句は、先週父の血尿が止まらず(二年前に膀胱ガンを手術したのですが)、小生の思いにも深く沁み入っています。
ご自愛下さり、ますますのご清硯を。
         六月二日         萩岡良博

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畏敬する萩岡氏から、ご丁重な手紙をいただいた。
省略すると文意が辿れなくなるので全文を転載した。
丁度三年前に歌集『禁野』を上梓され、その評をブログに書いた。いま読み返してみたが、私なりに佳い鑑賞文になっていると思った。 ← お読みいただきたい。
前登志夫亡きあと「ヤママユ」の伝統を双肩に担って奮闘される萩岡氏である。
私よりは二十歳も若い同氏であるが、手紙にも書かれているように、老いた父母を看取っておられる。ご自愛を願いたい。
ここに満腔の感謝の念をお伝えして転載を終わる。 有難うございました。



   
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