K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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甘谷の水は菊水『菊慈童』の七百歳のいのちこそ憶へ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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    甘谷の水は菊水『菊慈童』の
        七百歳のいのちこそ憶(おも)へ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載せたもので「菊」の一連の中にある。

いま菊の花の真っ盛りであるので、菊の花に因んで書いてみる。
「菊慈童」については解説が必要だろう。
写真①は彦根の井伊家に伝わる能楽に使われる菊慈童の「能面」である。
写真②は菊慈童の能楽の一場面。
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「菊慈童」というのは中国の古典を題材にした能楽の作品。
お話は、こうである。

中国・魏の文帝は、山に薬の水が湧くと聞き、臣下に霊水の源を探れとの命令を下した。
臣下が秘境の奥深く入ってゆくと、菊の乱れ咲く里があり、慈童という仙人が薬小屋に住んでいた。
尋ねると、慈童は700年も昔、周の穆王に仕えていたが、ある日、王の枕をまたいだ罪で、この山に流されたという。
700年前ということを信じない臣下に対して、慈童は、流罪されるにあたり王は憐れみ、枕に法華経の偈を書いて与えた。
その経文を菊の葉に書くと葉の露が不老不死の霊薬となり、以来それを飲みつづけて齢を取らなくなった、と述べた。
そして慈童は勅使に菊の葉の酒を勧め、自分も飲むと喜びの舞楽を舞い、法華経の功徳と枕に感謝し、700年の長寿を文帝に捧げて祝福し、仙家の中に消えてゆく。
能楽では観世流のみが「菊慈童」という演名で演じるが、他流派は「枕慈童」という演目である。
能楽だけでなく、日本画にも度々描かれ、菱田春草のものなど有名である。
↓ 写真③が春草の絵の部分。(絵の全体は大きなもので、この部分は下の方に描かれている)
mir815-2菱田春草「菊慈童」
ご参考までに写真④に横山大観の同名の絵を出しておく。↓
皆さんは、どちらを選ばれるだろうか。
mir545-2横山大観「菊慈童」

また小説にも採り上げられ円地文子の作品などがある。芥川龍之介も書いている。

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写真⑤は熊本県八代市の「宮之町」の菊慈童の笠鉾である。立派なものである。。
京都の祇園祭に「菊水鉾」という大きな鉾があるが、この鉾も「菊慈童」から着想されたと言われている。写真⑥⑦に菊水鉾を載せる。
写真⑥は菊水鉾の全景である。とにかく背の高い鉾で全景となると絵が小さくなるのは、お許しいただきたい。写真⑦は「胴掛け」の部分である。
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すっかり「菊慈童」の話題だけになってしまったが仕方がない。
ここで歌集に載る前後の歌を抄出して、終りにしたい。他にも「菊」の歌があるので、それは次回にしたい。

     窯 元・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   しがらみの多き世の中たはやすく暮らすにあらね菊うつろひて

  はきだめといふ名の菊のありと聞く波郷一葉忌を隣りとし

  甘谷の水は菊水『菊慈童』の七百歳のいのちこそ憶(おも)へ

  をみなへしあまた剪りきて瓶に挿す蕪村ゆかりの商家の床の間

  <秋草をごつたにつかね供へけり>結びし紐を解くは悲しも

     *久保田万太郎

  秋草にまろべば空も海に似て泊り重ねし波止の宿おもふ

  秋草の波止場の旅籠(はたご)に蛸壺のセールスマンと泊りあはせし



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