FC2ブログ
K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201907<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201909
村島典子の歌「踏絵」31首・・・・・・・・・・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(24)

      村島典子の歌「踏絵」31首・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・「晶」91号2015/09所載・・・・・・・

       踏絵      村島典子

   ある日ふとわたしを束ね旅に出む地上は春だ装ひをせよ

   子育ての季節となりて鉄塔の上にカラスの家が建ちたり

   頓馬なるムクドリたちが換気扇に巣を営むと藁をはこび来

   犬は犬のことばもつらむすれ違ふとき鼻よせあひて何か語れり

   とりあへず三回飲まさむと獣医師とわれは額を寄せて言ひあふ

   衰へて文句を言はなくなりましたと告げたるとたん二ャーンと言ひつ

   永別はいつの日かくる起きいでて濡れたる鼻を手に包みたり

   けさの足きのふの足にあらざるや文明言ひしをわが犬に問ふ
                                 * 土屋文明
   ほいほいとハウ酸だんごを置き回るゴキブリになりし気持せりけり

   牡丹ざくら校舎のうらの丘にあり秘密のわれの花の基地なり

   学校のうらのごみ焼却場ゆきてエンピツの屑など探しき

   一途なる思ひをもちしわれなりき若き日先生は持て余されき

   いまならば分る気がせり先生のきびしさは存在の深きさびしさ

   「わたしつて成つていく者」と言ひたりし高橋たか子もうゐず

   東寺なる弘法市にひしめきてアジアびとあり古物あがなふ

   二千四百万円の李朝の壺の商談も古物商らの筵のうへで

   その下の花台十万と声がとぶ欧州の人戸惑ふばかり

   弘法市にて踏絵売られてゐたりけりちかぢか寄りゆくキリシタン遣品

   キリシタン踏絵のイエス・キリスト像息を呑みわれ吸はれゆくなり

   ブロンズのマリアの像の枠板に嵌められてあり小さな踏絵

   大いなる独逸あやめもつぎつぎに花ひらき花つぼみそして了りぬ

   ハルノノゲシ、オニノノゲシとわき見して麺麭買ひにゆく雨の上がれば

   だんだんに歳とることに在り慣れて夕べは小さな段差につまづく

   刑死まへの幸徳秋水の遺言の如是而生如是死(かくのごとくにしていきかくのごとくにしす)

   幸衛といふ秋水の甥ゑかきにて普通に生きしと書物に知れり

   訳もなくかなしくなりぬ歩きつつ無人の家のムラサキクンシラン

   訳ありてかなしくなりぬスパゲッティ・ナポリタンを犬と分かちて

   あれは何時のことだつたかとふと思ふとほいとほい前世の夏

   ああ一生は不可思議なるよ生れ生れて初めを知らず終りを知らず

   新しき眼鏡つくると来しわれは百のめがねに見つめられをり

   角めがね丸めがねあり真ん中にやさしき力ーブの桃色めがね
---------------------------------------------------------------------------------
村島典子さんの新作の歌群である。
いつもながらの練達の歌作りに瞠目して鑑賞した。 隠れキリシタンの「踏絵」が弘法市に出ているとは、値打を知らない、ひどい仕打ちである。
摂津辺りは高山右近の関係もあり、キリシタンが多かったというから、恐らくは、それらに因む遺品であろう。
みなさんも、じっくりと読んでもらいたい。
ご恵贈ありがとうございました。
スキャナで取り込んだので「文字化け」があれば指摘してください。 すぐに直します。




コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2019 Powered By FC2ブログ allrights reserved.