K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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老いざまのかなしき日なり実千両・・・・・・・・・・・・・・草間時彦
aaoomanryo1千両

    老いざまのかなしき日なり実千両・・・・・・・・・・・・・・草間時彦

「千両」「万両」は初冬に赤や黄の実を見せる。極めて日本的な景物である。
同じような実だが、少しづつ微妙に違う。 掲出写真は「千両」の実である。
白い実のものもある。
manryo29白千両の実

同じようなものに「南天」がある。

私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)にも、こんな歌の一連がある。

    妻病めばわれも衰ふる心地して南天の朱を眩しみをりぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

    冬の午後を病後の妻と南天の朱美を見つつただよふごとし

    古稀となる妻を見てゐる千両と万両の朱美はなやぐべしや

妻亡き今は哀切な気分になる旧作である。
南天という木はどこにでも生える強い木で、赤い実は野鳥の冬の絶好の餌で、みんな啄ばまれてしまうが、
その未消化の糞の中の種が、あちこちにばら撒かれて繁茂するのである。
南天の赤色はさむざむとした冬景色の中に点る「一点景」ではあるが、病む身を養う妻を抱えての、
私の愁いは、まことに深いものがあったのである。そんな心象を歌にしたのが、この歌である。
「千両」「万両」の実も、同様の扱いをしてもよいものである。

aaoonanten.jpg

以下、歳時記に載る南天、千両、万両の句を引いておく。

 実南天二段に垂れて真赤かな・・・・・・・・富安風生

 あるかなし南天の紅竹垣に・・・・・・・・滝井孝作

 南天軒を抽(ぬ)けり詩人となりにけり・・・・・・・・中村草田男

 南天の実に惨たりし日を憶ふ・・・・・・・・沢木欣一

 いくたび病みいくたび癒えき実千両・・・・・・・・石田波郷

 千両の実だけが紅し日照雨過ぎ・・・・・・・・細田寿郎

 かけ足で死がちかづくか実千両・・・・・・・・石田貞良

 千両や筧の雫落ちやまず・・・・・・・・水谷浴子

 万両や癒えむためより生きむため・・・・・・・・石田波郷

 実万両女がひそむ喪服妻・・・・・・・・高萩篠生

 雪染めて万両の紅あらはるる・・・・・・・・鈴木宗石

 いにしへを知る石ひとつ実千両・・・・・・・・伊藤敬子

 清貧は夫の信条実千両・・・・・・・・有保喜久子

 授乳といふ刻かがやけり実千両・・・・・・・・猪俣サチ

 万両を埋めつつある落葉かな・・・・・・・・山本梅史

 万両の実にくれなゐのはいりけり・・・・・・・・千葉皓史

 千両より万両赤し東慶寺・・・・・・・・中村勢津子

 抱くたびに子の言葉増え実万両・・・・・・・・野田禎男
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こうして見てくると、南天、千両、万両ともに、明るいイメージの句は少なくて、むしろ「沈潜」した句が多いことに気付く。
それは、私の歌のイメージとも重なることに驚くとともに、共感するのである。



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