K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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雪の日の浴身一指一趾愛し・・・・・・・・・・橋本多佳子
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↑ オーギュスト・ルノワール「横たわる浴女」(1904年)

──冬の浴女三題──

     ■雪の日の浴身一指一趾愛(いと)し・・・・・・・・・・橋本多佳子

橋本多佳子は東京生まれだが、九州出身の橋本豊次郎と結婚して小倉に住んだ。
早くに夫と死別して、晩年は奈良に住まいした。
昭和38年に死去したが、晩年の多佳子をよく知る近藤英男先生によると、きれいな人であったという。
平井照敏の書くところによると多佳子は「命に触れたものを的確な構成によって詠いあげ、独自の句境に至っている」という。
「指」は手の指のこと、「趾」とは足の指、のことである。
この句は、女の「ナルシスム」とも言うべき艶やかなリリシスムに満ちている。
こういう表現は、それまでの女流俳句にも無かった句境であった。女の「命」の美しさ、はかなさ、いとほしさ、などをみづみづしく詠いあげた絶唱と言える。
この句は晩年の句集『命終』(昭和40年刊)所収。


   ■雪はげし抱かれて息のつまりしこと・・・・・・・・・・・・橋本多佳子

この句も、有名な句で多佳子の代表作として、よく引用されるものである。
この句も、死別した夫との愛欲の日を思い出して作られた句だと言われている。
多佳子の句は、このように愛欲に満ちた日々を回想しながらも、赤裸々な表現ではなく、控えめな、抑制された句作りであるから、読者にほのぼのとした読後感を与えて、すがすがしい。
この句は『紅糸』(昭和26年刊)の作で、この頃、すでに夫は死去している。同じ句集に

   ■雄鹿の前吾もあらあらしき息す

という句があり、この句なども「いのち」「生命」「エロチスム」というものを読後感として感得することが出来る。
こういう句作りこそ、多佳子の真骨頂だった。


  ■窓の雪女体にて湯をあふれしむ・・・・・・・・・・・・・・・・桂信子

桂信子は大阪の人。
この人も早くに夫を亡くしている。多佳子とは違った面からだが、女体の「艶やかさ」を詠い上げた人であった。つい先年お亡くなりになった。
この句は句集『女身』(昭和30年刊)に載るもので、橋本多佳子辺りが先鞭をつけた「女の命」を詠う軌跡に則した流れというべきか。

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 ↑ ルノワール「岩の上に座る浴女」(1882年)

桂信子の、この頃の句に

 ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ

 ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜

 やはらかき身を月光のなかに容れ

 ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき


などの句があり、いずれも女の命のリリシスムを詠いあげている。


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