K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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降る雪や明治は遠くなりにけり・・・・・・・・・・・・・・・中村草田男
001冬景色本命

    降る雪や明治は遠くなりにけり・・・・・・・・・・・・・・・中村草田男

この句は草田男の数多い句の中でも、とりわけ有名な作品である。
今では作者名さえ知らずに、この句を口にしている人も多いだろう。
この句の由来は、昭和6年、草田男が20年ぶりに東京で小学校上級生当時通学した母校・青南小学校(東京、青山高樹町在住当時)を訪ね、往時を回想して作ったものという。
初案は「雪は降り」だった。
しかし、推敲された「降る雪や」の方が、ずっといい。
「雪は降り」では、雪の降る動きは示せても、下の句につながるだけで趣は出ない。
「降る雪や」と切れ字「や」と置いて、一旦ここで一拍おいたために、中7下5の叙述の印象が一段と深くなる作用をしている。
「降る雪や」という上句が「明治は遠く」という中7に、離れつつ大きく転じてゆくところに、この句の秘密というか工夫があり、有名になり過ぎたにもかかわらず、或るういういしい感慨の所在が紛れずに保たれているのも、その所為だろう。(昭和11年刊『長子』所載)

「明治は遠く」に関していうと、句が作られたのが昭和6年ということは、大正15年プラス5年(大正15年と昭和元年は重なる)で、合計20年である。
「一昔」という年月の区切りはほぼ10年と言われているから、まさに「二昔」(ふたむかし)と言えるだろう。
今年、「平成27年」は、昭和の年号が終ってほぼ二昔余りになるので、この頃では「昭和は遠くなりにけり」などと言われるようになってきた。歳月の経つのは早いものである。

今年は暖冬で雪もなかったが、おそがけから北国では、大雪になっている。
しかし本格的な寒波は、これから始まるのである。
ただ雪の降り方には、北と南では、全くちがうのである。
北国では西からの低気圧と寒気によって降雪が起こるのに対して、太平洋岸に雪が降るのは、俗に「台湾坊主」という低気圧が南岸を東進するときに、北から寒気が進入して雪を降らせるのである。
雪片も大きく、水分をたっぷり含んだ重い雪でベタ雪であって送電線などの倒壊などの被害をもたらす。
そんな時期は真冬というより晩冬、春先に多い。2.26事件の日の大雪などが、そうである。

日本の古来の美意識では「雪・月・花」と言って、文芸における三大季題となっている。
言うまでもないが「花」=「桜」であることを指摘しておきたい。
そんな訳で「雪」を詠んだ句も多い。

 馬をさへながむる雪の朝かな・・・・・・・・芭蕉

 市人よ此の笠売らう雪の傘・・・・・・・・芭蕉

 撓みては雪待つ竹のけしきかな・・・・・・・・芭蕉

 箱根越す人も有るらし今朝の雪・・・・・・・・芭蕉

 我がものとおもへばかろし笠の上・・・・・・・・其角

 下京や雪つむ上の夜の雨・・・・・・・・凡兆

 心からしなのの雪に降られけり・・・・・・・・一茶

 むまさうな雪がふうはりふはりかな・・・・・・・・一茶

 是がまあつひの栖か雪五尺・・・・・・・・一茶

 雪ちらりちらり見事な月夜かな・・・・・・・・一茶

などの名句がある。明治以後の句は、また後日。


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