K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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中西弘貴詩集『虫の居所』と『右原厖全詩集』を読む・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
中西弘貴
 ↑ 『虫の居所』外箱

──新・読書ノート──

     中西弘貴詩集『虫の居所』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                   ・・・・・・・・思潮社1999/11/20刊・・・・・・・・・

この人「中西弘貴」については ← この記事に書いたことがある。リンクになっているのでお読みいただきたい。
長らく「右原厖(うはら・ぼう)」に師事して作品を磨いて来られたが、大阪文学学校などにも関わって来られた。
先年亡くなった三井葉子さんとも親しく、「三井葉子詩集『灯色醗酵』を読む」評を書いたりされた。
今回、アマゾンの中古本で、この詩集を買い求めた。新品同様のものである。
画像で見られるが、この本の装丁は本人がやられたそうで、カット画なども面白いものである。
この詩集の後に出された『飲食』は2008年度の第19回富田砕花賞を受賞している。
私は、この受賞の前に出た本書『虫の居所』こそ受賞に至る伏線として重視したい。 先ずは題名になっている「虫の居所」の詩を引いてみる。

     虫の居所・・・・・・・・・中西弘貴

   かわいそうに と
   祖母がいう
   お前の気立が悪いのは
   お前の身中に
   悪い虫が棲んでいるからだ

   だからおまえは と
   かさねていう
   朝飯の前
   毎日 門口に立って
   外に向って
   悪い虫をば吐き出さねばならん

   ハァーと吐いた
   グォアーと出した
   ときには
   声を殺して
   白い息だけ吹いて

   以来
   なんじゅうねん
   祖母が喝破したわが内なる虫は
   出たか
   出たか
   いまだ出てはおるまい
   それが証拠に
   理由(わけ)もなく渡世の怒りが胃袋をせり上り
   名状しがたい哀しみが胸を絞めるのだ

   虫よ
   ここか
   それとも ここか
----------------------------------------------------------------------------
俗に「虫の居所が悪い」などという「気分」のことであろう。
彼はかなりの激情家らしいと私は見る。

彼・中西弘貴は1942年京都生まれ、と詩集の略歴に書いてある。
著書として
  詩集『消息』(1978年10月)
  詩集『水獄』(1984年月)
  詩集『花街』(1990年10月)
  詩集『虫の居所』(1999年11月)
  詩集『飲食』(2007年8月1日)
がある。
この本『虫の居所』の「あとがき」に

< 九年前、『消息』『水獄』に続く『花街』を出し、三部作を完結した。
  そのあとがきにこう記した。
  「私自身の存在に付着する〈花街〉の吐瀉に、三冊の詩集を必要とした」と。
  二十六年の歳月がかかった。
  以後詩作を断ったが、実生活上に思いがけない変化があって、初めて京都を
  離れ、相模湾に面したかつての魚村でのひとり暮しを重ねることとなった。
  静かな時間、〈花街〉の〈人〉が花のかたちに変幻して、私のなかを去来した。
  私のなかに棲む虫がさわいで火のかたちを求めた。
  もう詩集を編むことはあるまいと、と思っていたのだが、ぼちぼちの連作が本
  稿である。
  『花街』で果せなかった《遊び》と《祈り》のただなかを浮遊する軽みのよう   
  なものを書きとめたいと希っているが、・・・・・・ >

と書いている。
『花街』以前の詩集が今てもとにないまま、何かここに書くのは適当ではないと思うので控えておく。
ただ「私自身の存在に付着する〈花街〉の吐瀉に、三冊の詩集を必要とした」という記述は重い表白だろうと思う。

     虫のかたちで・・・・・・・・・中西弘貴

   ひと以上と
   だいそれたことは
   よう云わんが

   ひとなみに
   何事かを為そうとし

   ひとなみの
   労も苦もなめてもきた


   ひとしれず
   歯ぎしりの
   憂き世の取捨も選択も

   為しえなかった何事かは
   語らず
   まあ ええやないか
   事も無く
   こはこれでよしとせにゃ と
   ささやくカミもホトケもいて

   老いた虫は得心した。

   なればこそ
   ここはいちばん
   事の始末はつけねばならん

   ドウジャ と
   あおむけに寝転んで
   手足で印を結んで

   ひとなみではない
   虫のかたちで

この詩集には全部で34篇の作品が載っているが、ⅡとⅢには、いわゆる「花街」のことが詠われている。
つまり前詩集の後を引いているということである。
先に引いた「あとがき」の「私自身の存在に付着する〈花街〉の吐瀉に、三冊の詩集を必要とした」という部分は、「相模湾に面したかつての魚村でのひとり暮しを重ね」ても、
「吐瀉」は終わっていなかったように見える。
人間だれしも、簡単に「線を引ける」ものではない。
作者以上に馬齢を重ねてきた私なぞには、よく判るのである。「過去」「現在」「未来」は、ひと連なりのものである。
作者が、花街で、どういう役割の生活をしてきたのかは知らないが、次の詩集『飲食』では、それらを乗り越えたように感じる。
その「走り」になったのが、本書の巻頭にのる「虫」の一連九つであろう。
「花街」から『飲食』に至る「橋」になっている作品群かと思うのである。
その意味では、この詩集を『虫の居所』と題されたのは成功しているだろう。

Ⅱ.から二つほど作品を引いておく。

     花客・・・・・・・・・中西弘貴

   花を求めて来たと
   言ってよいか
   両手に余る歳月をかけて
   宿借り継いで来たと
   語ってよいか
   およそ暮れ急ぐ方角を見定めて
   橋渡って来たと
   謡ってもよいか

   時なるかな 客
   いかなる花の
   いかなる風体を
   おもいめぐらせたか

   切実には
   花に時節なく
   花に情事なく
   花 客を待たず

   客 過ぎゆくのみ
   遠方へ

      花の始末・・・・・・・・中西弘貴

   咲きかたは知らず
   咲かせかたには思案およばず

   秘せねば花になるべからず   
   と
   思いの深さも
   約束の固さもあり

   トンと背中を突かれて
   この身ひとつの
   花への捨身

   湯舟に浸る
   裸身をはんなり染め
   散りかたは
   何事かを秘することによって
   始末をつける
-----------------------------------------------------------------------------
私のような多弁な、散漫な叙述ではなく、言葉を吟味した寡黙な詩である。
右原厖に師事して作品を磨いて来られたことが伺われるような作品である。

     『右原厖全詩集』を読む・・・・・・・・・木村草弥

右原
 ↑ 2004/05/19編集工房ノア刊

中西弘貴の関連と言っては何だが、厚さ五センチもある『右原厖全詩集』というのをアマゾン中古本で格安に買った。
「編集」者として名前の出ている「日高てる」「中西弘貴」「田子登代子」の三人のうちの著者の長女である田子登代子の名前の載る謹呈札が入っている。
本にかかっている硫酸紙が手摺れしている他は新本同様の本である。
この全詩集は、生前、右原厖さんが熱望していたということで刊行されたもののようだが、「謹呈」された本が、碌に読まれずに売り払われる現実が悲しい。

巻末の「年譜」によると、本名・中井愛吉。1912年奈良県・現・橿原市生まれ。1934年奈良師範学校卒業。1973年深江小学校を退職するまで教職にあった。
先に、日高てるさんの文章に「エンジニア」とあったので、そう信じていたが、本職は教師だったと判明。
エンジニアというのは、「推進者」という意味の日高さんによる比喩だったと知る。 2001年10月1日90歳で死去。
それにしても「右原厖(うはら・ぼう)」などという難しいペンネームをつけたものである。
小野十三郎の始めた「大阪文学学校」の講師を長らく勤められた。中西弘貴は、ここでの通信教育の生徒であったという。
この大阪文学学校の関係から三井葉子さんとも親しかったのであろう。

この本は膨大な内容のものなので、どこから手をつけたらいいか判らないので、二、三私の好きな詩を引いておく。

     村・・・・・・・・・右原厖

   一列ポプラが立ち並び
   村では兎を飼つていた。
   廂につるした千頭葱の光沢もまばらに
   ひとかたまりの雲の下、
   子とははは
   当来のきのこのじくを裂いていた。
   世は 時は また何事もなかつた。
   首を弓にして啼くにわとりにこたえ
   雞舎を覗けば
   うみおとしたばかりの卵子を
   赤腹の夜守の奴が抱き占めていた。
   往還とおく、 人往かず
   ひと来らず、
   三里四方を立ちのぞむ屋根に上から
   抜きとつたぺんぺん草を風に捨てる。
   梯を倒す横木の中。
   かすかな櫛目できんの微雨は光るのだが
   ねつからつちは濡れてない。
   微恙の身は。
   日没を逐うて草野にひろがるかの大きい耳雲のうしろ   
   オパールの馬を見た。                    詩集『砦』より

      いちじくの木の下に・・・・・・・・右原厖

   バイブルの一頁をひらくように
   一日があけ あさの雨に
   いちじくの木の枝股がぬれている
   バイブルの一頁よりも小さな裏庭の
   隣家ざかい
   いちじくの木の下に闇が存在する
   ははの遺髪をそこに埋めた日からだ
   たばねてまいた毛髪の
   闇はいくすじそだっている
   闇は土中にそだっている
   一日は一日として 一年は一年として
   百年 千年
   砂漠にそだった呪詛と狂気
   の うらがえしの書
   バイブル
   花なくて実となりふくらんで自ら裂けては鳥けだものの餌食となる
   そのいちじくの木の中で
   そだっているまっくら闇
   血の闇
   わたしはぶあついバイブルを持たない
   いちじくの木のあるところ
   禁欲をかたくまもって根土のうえを踏むことはない
   樹液が闇を吸いあげる 日毎
   ぬれ 又
   さらにかわき
   砂漠に砂をまきかえすように
   バイブルにまきちらされた活字どもだ          詩集『それとは別に』より

      ノラの貞節・・・・・・・・右原厖
   
   樹木たちがかたくかたく夜をかい抱いてはなさないので
   昼は どうしても時間の内部へ這入れない
   おちてくる陽ざしはハガネの飛沫となってくだけとび
   すずしい樹影は賢明に身をかわして逃げのびる
   一の枝から二の枝へ 三の枝から四の枝へ
   樹木は垂直な階段だから きみはかけ上る
   きみは鳥となって 飛びたつ
   その羽根櫛を折るために ケシ粒大の二つの眼をついの盲とするために
   見上げる紫紺のそらのまん中に解放されるのは
   誰だろう 眼くらみ ─── ノラは素裸になりだがっている        詩集『神々のフラスコ』より


この詩集の「栞」に中西弘貴が「師・右原厖」という文章を書いている。8ページ半に及ぶものだが、何年間にもわたって数十篇の詩を提出し、厳しい反応にあったと書いている。
その甲斐あっての今の自分があるというが、厳しい中にも心温まる師弟愛である。
不完全ながら紹介を終わりたい。








     
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