K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201709<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201711
哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
412BFqiNG6L__SY355_.jpg

     哀しみとポテトチップスと比べつつ
         しあはせ計れば鳴る赤ケトル・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は、角川書店「短歌」誌2008年二月号に「艸木茂生」のペンネームで載った「明星の」14首の一連の中のものである。
亡妻の介護の日々と死にまつわる一連の歌は、プライバシーに配慮して、少しは知られている木村草弥の名ではなく、一般には知られていない「艸木茂生」のペンネームを使用した。
詩集『免疫系』(角川書店)の末尾に収録してある。

「鳴る赤ケトル」とは、お湯が沸けば鳴る「笛吹きケトル」のことである。
「哀しみ」と「ポテトチップス」を比べる、などというのは、現実には考えられないことであって、「詩」という<非日常>の世界だからこそ言えることなのである。

この一連を発表したら、私の親しい友人であり、「自由律」短歌の先生でもある光本恵子さんから、特にこの歌を引いて、メールで褒めていただいた。
そのメールの一部を貼り付けて置こう。

<艸木茂生様の短歌を読ませて頂きました。「明星の」3首目

・哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

この歌はいいですね。なにか木村様のことを思うと泣けてきました。
木村様の静謐な想い、心境がじわっと伝わって参ります。
奥様を亡くされ、さらにご自身が病を抱えながらも意思的に生きようとする姿を思い浮かべ、
「鳴る赤ケトル」にほっとして味わいました。>

m.jpg

ポテトチップスにも、いろいろあるが、私はジャガイモを単純にフライしただけのものが、いい。新じゃがが収穫されると期間限定で売り出されるものもある。
外国系のものでは、じゃがいもを一旦粉にして、それを成形して、どの片も全く同じ大きさ、反り具合も同じというのがあるが、私は好まない。
如何にも「加工品」として手を加えすぎてあると思うのである。
英国では、ポテトチップスばかり食べて、結局死んだという記事が、どこかに載っていたが、口当たりがいいので、食べだすと途中で止められなくなって、
結局一袋を平らげてしまうことになる。植物油を使ってあるので、カロリーは結構あるだろう。
よく悲しいとヤケ食いするとか言われるが、私はそんなこともないが、老来カロリーの摂り過ぎは碌なことがないので注意しなければならない。

歌に戻ると、普通、短歌の世界では、この歌のような「詠み方」は、しない。
これは短歌というよりも「詩」として鑑賞した方がいいかも知れない。
私は自由詩から出発しているので短歌と言えども「詩」の一環として把握しているので、このようになる。




コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.