
↑ 「バックホー」アームの先を替えると溝掘りなど色々の作業が出来る
吐く息もたちまち凍る午前四時
バックホーとわれは一体となる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時田則雄
時田則雄は北海道の帯広郊外で広大な農場を営む歌人である。
掲出歌は割合新しい作で、角川書店「短歌」誌2012年新年号に載る。 その一連7首を引いておく。
新 雪・・・・・・・・・・・・・・・・・時田則雄
吐く息もたちまち凍る午前四時バックホーとわれは一体となる
腐れたるバナナのやうな列島を耕しながら今年も暮れぬ
石の上を滑るごとくに流れゆく風ありかすかに水の音たて
トラクター唸らせて凍土鋤きてゆく黄の満月に対ひひたすら
星空を抱けるやうに立つ楡を見てゐる さうだ 同志だ 俺の
野良仕事なべて終りぬ農具庫のシャッター降ろして大き息吐く
新雪を照らして昇る太陽を見てをり細き窓を開きて
時田 則雄(ときた のりお)
1946年帯広市に生まれる。道立帯広農業高校卒業後、1967年帯広畜産大学別科(草地畜産)終了。父の後を継ぎ農業経営。1998年林業功労により帯広市産業経済功労賞。
高校在学中に啄木の歌に魅かれて作歌を開始し「辛夷」に入会し野原水嶺に師事。
1980年第26回角川短歌賞受賞、1982年第26回現代歌人協会賞、1999年第35回短歌研究賞他数々の賞を受賞する。
歌集『北方論』、『緑野疾走』、『十勝劇場』、(雁書館)他4冊。他にエッセイ集「北の家族」(家の光)。1992年8月より「辛夷」編集発行人となる。現在は作歌集団「劇場」を主宰する。
帯広大谷短期大学非常勤講師、日本文芸家協会、現代歌人協会会員として現在に至る。
現役で労働に従事する歌人というのは、今の歌壇では特異な存在である。
私の好きな歌人である。とにかく「土の匂い」のする歌を作る。
ネット上から「現代田んぼ生活」を引いておく。
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2007-03-08-Thu 苗箱に土を入れ始めることと時田則雄『歌集 野男伝』
昨日の朝は道には積もってなかったですが、屋根や麦の上には雪が積もっていました。気温も低いまま続いています。やれやれ。
昨日から苗箱への土入れを始める。準備すべき苗箱は1400箱ほど。ボチボチとやります。
そういえば昨日は営農組合の「男の料理教室」に参加して、ハンバーグやフルーツのサラダ、みそ汁、まぐろのカルパッチョ、ロールケーキなどなど、他にもあったような気がするを教えてもらいながら作りました。盛り沢山で少々疲れましたが、面白かったです。昆布とかつお節でダシをとってのみそ汁とか、はい、なかなか贅沢なみそ汁です。
時田則雄『歌集 野男伝』(本阿弥書店)読了。いや、すばらしいですね、これは。読んでいたら、農業に、百姓に、やる気がぐりぐりと出てきました。
小学校校長の名は米太郎部屋の三面本あふれゐき
「寒ければこうして金玉握れよ」とキンタマ握ってゐし米太郎
めらめらと燃ゆる丸太の火に抱かれ老婆は荼毘に付されてをりし
日に一升十日で一斗酒喰らひ野良仕事せりわが二十代
PTA会長となり知りしこと若き教師の態度のでかさ
大病を患ふ妻を家に残しひとり百姓続けぬ 黙黙
大枚を投じて家建て山林買った 三十代半ばなんでも出来た
借入金五千万円 凩を聴きつつ湯船に首浮べゐし
娘が婿とりて農場を継ぐといふことの嬉しく月に乾杯
種を播けばよいといふものではないぞ適地適作 凶作もある
いや、この辺でやめておかなければ。ページパラパラやって十首だけ紹介させてもらいました。でもその他にたくさんいいのがありました、というか、次々なんですけどね。うーむ、時田則雄さんの他の歌集も読まねば。
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上の引用部にも書かれているが、この人の歌集の題名からして、すごいではないか。
『北方論』 『緑野疾走』 『十勝劇場』 『野男伝』そして最近刊に『ポロシリ』(角川書店)がある。

↑ 第九歌集『ポロシリ』
この歌集は平成20年度の第60回「読売文学賞」詩歌俳句部門を受賞している。
私はまだこの歌集は読んでいないが、ポロシリ(山の名前)を仰ぎ、農業に就いて40数年。妻の闘病、娘婿の急逝、など喜びと悲しみがこもごも押し寄せた数年を詠った349首という。
第九歌集にあたる。
因みに「ポロシリ」とはアイヌ語でポロ=大きい、シリ=山の意味で、北海道日高山脈の雄峰の一つ十勝幌尻岳(1846m)のことである。この本から二首引く。
ポロシリは静かに座つてゐるゆゑに俺は噴火をつづけてゐるぞ・・・・・・・・・・・時田則雄
ポロシリに向かひて二キロほど行きて戻り来ぬ明日を創り出さむと
以下、以前の刊行の歌集から少し歌を引いて終わる。
獣医師のおまへと語る北方論樹はいつぽんでなければならぬ
野男の名刺すなはち凩と氷雨にさらせしてのひらの皮
指をもて選(すぐ)りたる種子十万粒芽ばえれば声をあげて妻呼ぶ
トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ
妻とわれの農場いちめん萌えたれば蝶は空よりあふれてきたり
牛糞のこびりつきたるてのひらを洗へば北を指す生命線
麦の香のしみし五体を水風呂に沈めてあれば子が潜りきぬ
按摩機に体をゆだねて眠りゐる妻の水母のごとき午後かな
十勝土人時田則雄がふりあふぐ部落(むら)を跨げる七色の虹
春の水を集めて走る朝の川さうだよ俺は朝の川だよ
とりあへず胃袋に水を注ぎ込みあしたの闇に突き刺さりゆく 『力瘤』
どどどーんどどどどーんと轟いてゐるのはエンジンだけではないぞ
三日三晩寝ずに稼ぎしゆゑなるか手足蒟蒻のやうにへろへろ
スパナをぐいつと引きぬ力瘤まだまだ力の固まりである
十トンの乾燥豚糞撒き終へて月のあかりに包まれてゐぬ
取得せし斜面三町歩雪ふれば雪に野心の片鱗が舞ふ

↑ 第10歌集『オペリケリケプ百姓譚』短歌研究社2012刊
があるが私はまだ読んでいないので画像だけ出しておく。

↑ 最新刊の『みどりの卵』(ながらみ書房2015/09刊)
今日もまだ生きてゐるらし長芋をかうして朝から掘り続けゐる
さうだよ昔 空にはなんでも棲んでゐた 魚の目玉のみどりの涙
野の馬の巨大の臀部輝きてゐるなり黒き太陽のごと
石をもて野地蔵の目を潰したる遠いあの日のあの青い空
百姓とはすなはち大らかに遊ぶ人雲を眺めてけむりになつて
この歌集は最新刊であり、本の表紙には、キヤッチコピーとして、こう書かれている。 ↓
< 響け!かなしい詩魂ゆえの、屈強にして繊細な北方の歌の磁場に。
北の広い大地に樹木のようにどっしりと根を張り、野男として在り続ける歌びとがいる。
トラクターで荒々しい土塊を耕し、石を砕く血と汗の労働も、どこか遠くの神話や伝承の世界へとすり替わっていく不思議さ、自在さ。 >
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