K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう・・・・・・・・・・・・・・・斎藤史
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   白い手紙がとどいて明日は春となる
     うすいがらすも磨いて待たう・・・・・・・・・・・・・・・斎藤史


今日は2月26日である。昭和11年の、この日に、いわゆる2・26事件が起った。
掲出の歌は昭和15年刊行の第一歌集『魚歌』に載るものだが、初々しい感覚の春の歌である。

この『魚歌』の中に「二月廿六日、事あり、友ら、父、その事に関はる」の前書きで、次のような歌がある。

  春を断る白い弾道に飛び乗つて手など振つたがつひにかへらぬ

  濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ


これらの歌については後に

「意識してカモフラージュしたところがあるんです。そうしなきぁ発表できない情勢の中、苦しみを吐きたい。しかしリアリズムで書けば通るはずはありません。あの手法しかなかったのです」(「ひたくれなゐの生」樋口覚との対談)

という本人の談話がある。詩で多用する「暗喩」という手法である。
長くなるので、皆さんなりに読み解いて頂きたい。

2.26事件は陸軍の青年将校たち皇道派が、降りしきる豪雪の中、天皇親政を求めて決起して、歩兵第一、第三、近衛歩兵第三の各連隊の部下1400名を率い、内大臣斎藤実、蔵相高橋是清、教育総監渡部錠太郎を殺し、侍従長鈴木貫太郎に重傷を負わせた事件である。
昭和天皇が激怒し、徹底的な鎮圧を命じたため、彼らは「反徒」となり、首謀者は碌な弁護もなく、逮捕から僅か3か月で結審して、首謀者は死刑となった。
事件そのものについては、色々の著書があるので、ここで詳しくは書かない。

ただ斎藤史の父・斎藤劉予備少将も、心情的に彼らを支持したとして「禁固5年」の判決をうけた。
その上、死刑となった栗原安秀中尉や坂井直中尉は、史とは同年輩で、旭川師団長として劉が赴任していた頃から兄妹のように親しくしていた間柄であり、そんな諸々の関係が、斎藤親子のめぐりには存在したのである。
したがって、史には昭和天皇に対する「恨み」のような感情があり、昭和天皇生存中は、史の心は解けることはなかった。
歌集『渉りかゆかむ』に

  ある日より現神(あらひとがみ)は人間となりたまひ年号長く続ける昭和

という歌があるが、これは戦争中は「あらひとがみ」とされていた天皇が、敗戦後マックアーサーとの会見などを経て、詔書を出して、これを否定し、いわゆる人間宣言をされたこと、などへの痛烈な皮肉とも言えよう。

昭和天皇没後、平成の代になって一月の「歌会始」に召人として招かれ、ようやく心の箍が取れたのか、出席したが、

  「おかしな男です」といふほかはなし天皇は和(にこ)やかに父の名を言ひませり

という歌が残っている。宮中の歌会始の会場で天皇から声をかけられた時の情景である。
因みに、父・斎藤劉も若い頃からの歌人で結社「短歌人」に拠って活躍した人である。史は戦後、短歌結社「原型」を起して多くの歌人を育てた。

斎藤史の歌は晩年には自在な境地に達し、たとえば

  ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう

  携帯電話持たず終らむ死んでからまで便利に呼び出されてたまるか


のような歌がある。

記憶の茂み

『斎藤文歌集・記憶の茂み』(和英対訳)選歌・英訳 ジェイムズ・カーカップ 玉城周(2002/01/25三輪書店刊) という本があり、斎藤文の珠玉の700首の歌が収録されている。
この本の中に、今回掲出した、この<白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう>があり、その英訳として次のように載っている。

  With arrival of

  the white letter, tomorrow

   will surely turn to

  spring ─ so I wait, and meanwhile

  polish my windows' frail glass.


この英訳が技術的に、どの程度のものか知らないが、日本の大学で長らく教鞭をとり日本語の生理に通暁し、詩人としてまた多くの翻訳を手がけてきたジェイムズ・カーカップと、その良き協力者である玉城周の努力の賜物である。
この本のはじめの部分で「五行31音節という短歌の形式には特にこだわることにした」と書かれている。
この部分は、斎藤文の良き理解者であり、インタヴュアーでもあった樋口覚が翻訳している。
拙速ではなく長年にわたって準備されてきたものと言うべく、相当のレベルの域には達しているだろう。
この本は最近になって私も知って取り寄せたものであり、急遽ここに披露することにした。

松岡正剛の「千夜千冊」の中に彼女に触れたものがあるので参照されたい。
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なお、2・26事件に駆り出された下級兵士の、その後だが、懲罰的に戦地の最前線に送られ、殆どが悲惨な最期を遂げた、という。澤地久枝さんの本など見てもらいたい。






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