K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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花冷や箪笥の底の男帯・・・・・・・・・・・・・・・鈴木真砂女
本山可久子

   花冷や箪笥の底の男帯・・・・・・・・・・・・・・・鈴木真砂女

今日3月14日は俳人・鈴木真砂女の忌日である。
彼女の長女で新劇俳優である本山可久子の本 『今生のいまが倖せ・・・・・・母、鈴木真砂女』(2005年講談社刊)というのをネット書店で買った。

unami12卯波
写真②は銀座にあった彼女の小料理屋「卯波」である。
彼女の孫・宗男(可久子の長男)が経営していた。

unami14.jpg
写真③が「卯波」の厨房の様子で、左側に居るのが宗男らしい。
この店も再開発とかで2008/01に立ち退いた。寂しい限りである。元の店の写真など載せておく。

(追記)
俳句界に詳しいところからの情報によると

<卯波、再開です!(嬉)
以前の店のとなりのビルの地下になるけど、住所は前とおんなじ。オープンは、二月を予定しているらしい。
一家離散していた家族が、またおうちができて集まるような、そんな心境です。
いやー、本当にいいニュースやった 。>

という記事が載っていた。
その後の報道によると、2010年に「新・卯波」が開店したらしい。アクセスして見てもらいたい。

彼女の経歴については、可久子の「本」をはじめWeb上でも詳しく載っているので読んでもらいたいが、ここで簡単に載せておこう。

鈴木真砂女は明治39年11月24日に千葉県鴨川市の老舗旅館・吉田屋に生れる。
夫の出奔や再婚、自身の愛の出奔など波乱に富んだ人生を送ったあと、昭和32年銀座の路地奥に小料理屋「卯波」を開く。
句作は昭和10年からはじめたという。
その間、久保田万太郎に師事するなど文学者に愛され、石田波郷の定席が決まっていたなどの話がある。
写真④が「卯波」のくれたマッチに刷られた真砂女の句である。
unami16.jpg

昭和38年久保田万太郎の急逝のあとは「春燈」の後継者・安住敦に師事。
句集は七冊出しているが、第四句集『夕蛍』で俳人協会賞を受賞。
第六句集『都鳥』で読売文学賞を受賞。
第七句集『紫木蓮』で蛇笏賞を受賞する。
平成15年3月14日死去。享年96歳。

可久子の本には瀬戸内寂聴が帯文を書いているが、彼女自身も愛の遍歴で家庭を捨てた人であるから、面白い。
この本は、真砂女の生涯を簡潔に、かつ娘として知る「本当の」話を描いていて情趣ふかい。

写真⑤は静岡県にある冨士霊園の彼女の墓。
suzukimasajyo墓
以下はWeb上に載る或る人の記事である。借用にお礼を申したい。
引かれている句も味わいがある。
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 羅(うすもの)や細腰にして不逞なり (卯浪)

 罪障のふかき寒紅濃かりけり (生簀籠)

 あはれ野火の草あるかぎり狂ひけり (夏帯)

 柚味噌練つて忽然と来る死なるべし (居待月)

 恋を得て蛍は草に沈みけり (都鳥)

 戒名は真砂女でよろし紫木蓮

 恋のこと語りつくして明易き (紫木蓮)

丙午うまれとはいえ恋の女は気性も激しい。2度結婚して2度離婚。51歳で不倫の恋を貫くため、鴨川の実家、「吉田屋旅館」の女将の座を捨て、女手一つで銀座に小料理屋「卯波」を開店するなどという離れ業をやってのける。以後の40年、「卯波」は立ち位置となり、句は「卯波」となった。「老いてますます華やいだ」生涯現役の俳人、腰痛のため療養生活を強いられてなお4年余り、96歳の春、強靱な生命力を持ち続けたさすがの真砂女も平成15年3月14日夕刻、東京・江戸川区の老人保健施設で老衰のため逝く。

 あるときは船より高き卯浪かな

紡ぎ綿を敷きつめたような空、梅雨の中休みにしてもとにかく暑い。何回目かの訪問で慣れているとはいえ、幹線道路のような広く長い坂道をのぼりきると汗がどっと噴き出てくる。眼下に大パノラマを展開する霊園の背後から、遙か前方の山稜に霞ゆく高圧鉄塔のつながりを何となく眺めながら、ふと、そういえばいつもはあのあたりには確信に満ちた冨士の顔が見えていたはずだがと、ぼんやり思い出していた。ゆるゆると深呼吸した足許に、湿気を含んで黒ずんだ火山灰土に据え置かれた碑

 芽木の空浮雲一つゆるしけり

亡くなる20年前、喜寿の年に建立した真砂女の墓。句碑ともいえる矩形の石塊に閉じこめられたのは、美しい思い出ばかりであろうはずもない。
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他人の引用ばかりでは芸がないので、私の選んだ句を少し引く。重複するのは除く。

 人のそしり知つての春の愁ひかな

 女三界に家なき雪のつもりけり

 男憎しされども恋し柳散る

 夏帯や運切りひらき切りひらき

 暖炉燃ゆわれにかへらぬものいくつ

 人もわれもその夜さびしきビールかな

 掌にぬくめやがて捨てたる木の実かな

 裏切るか裏切らるるか鵙高音

 亀鳴くや夢に通へと枕打ち

 風鈴や目覚めてけふのくらしあり

 ふぶく音を海鳴りとききねむらんか

 かくれ喪にあやめは花を落しけり

 老いまじや夏足袋指に食い込ませ

 限りあるいのちよわれよ降る雪よ

 住みつけば路地こそしたし夜の秋

 とほのくは愛のみならず夕蛍

 鴨引くや人生うしろふりむくな

 忌七たび七たび踏みぬ桜蘂

 水もさびし空もさびしと通し鴨

 隠しごと親子にもあり桜餅

 死なうかと囁かれしは蛍の夜

 怖いもの知らずに生きて冷汁

 今生のいまが倖せ衣被

 生国も育ちも上総冬鴉

 ふるさとは遂に他国か波の華

 かのことは夢まぼろしか秋の蝶

 捨てきれぬものにふるさと曼珠沙華

 人を泣かせ己も泣いて曼珠沙華

 如月や身を切る風に身を切らせ

 ふるさとの冬の渚が夢に出て

 白南風や漕ぎ馴れてきし車椅子
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「鈴木真砂女ミュージアム」というのが開設されているので、ご覧いただきたい。彼女の写真もある。

彼女の眠る冨士霊園には、彼女と親しかった中村苑子、秋元不死男、三谷昭、高柳重信などの俳人が葬られているという。
本山可久子の関係では杉村春子などの墓も建っているという。



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