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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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をさなごのひとさしゆびにかかる虹・・・・・・・・・・・・日野草城
990930a虹

  をさなごのひとさしゆびにかかる虹・・・・・・・・・日野草城

この日野草城の句は、幼子がゆびさす「ひとさしゆび」に虹がかかっている、という心あたたまるような、ほのぼのとした情景が、さりげなく、かつ、的確に詠まれている。幼子という素材にマッチして、虹という字以外は、全部ひらがな書きにしたところが、また憎い。何とも心あたたまる句である。

ここで虹の句を歳時記から少し引く。

 虹立ちて忽ち君の在る如し・・・・・・・・・・・・高浜虚子

 虹のもと童ゆき逢へりその真顔・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 虹といふ聖なる硝子透きゐたり・・・・・・・・・・・・山口誓子

 虹なにかしきりにこぼす海の上・・・・・・・・・・・・鷹羽狩行

 野の虹と春田の虹と空に合ふ・・・・・・・・・・・・水原秋桜子

 天に跳ぶ金銀の鯉虹の下・・・・・・・・・・・・・山口青邨

 いづくにも虹のかけらを拾ひ得ず・・・・・・・・・・・・山口誓子

 虹消えて了へば還る人妻に・・・・・・・・・・・・・三橋鷹女

 目をあげゆきさびしくなりて虹をくだる・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 虹を見し子の顔虹の跡もなし・・・・・・・・・・・・石田波郷

 虹が出るああ鼻先に軍艦・・・・・・・・・・・・秋元不死男

 虹二重神も恋愛したまへり・・・・・・・・・・・・津田清子

 海に何もなければ虹は悲壮にて・・・・・・・・・・・・佐野まもる

 別れ途や片虹さらに薄れゆく・・・・・・・・・・・・石川桂郎

 赤松も今濃き虹の中に入る・・・・・・・・・・・・・中村汀女

「虹」は、ギリシア神話では、女神イリスが天地を渡る橋とされるが、美しく幻想的であるゆえに、文学、詩歌で多くの描写の素材とされて来た。
終わりに私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せた「秘めごとめく吾」と題する<沓冠>15首のはじめの歌を下記する。

 げんげ田にまろべば空にしぶき降る 架かれる虹を渡るは馬齢・・・・・・木村草弥


コメント
コメント
おはようございます。
 げんげ田にまろべば・・・
 「げんげ田」と、
 まろべば・・の「まろぶ」の意味が解りません。
 教えて下さい。
 無知ですみません。(汗)
2009/06/23(火) 07:48:58 | URL | こうめい #- [ 編集 ]
「げんげ田」「まろぶ」の件
■こうめいぶる様。
お早うございます。
さっそくご覧いただき有難うございます。
「げんげ」=れんげ、「まろぶ」=転がる、のことです。
「げんげ」という言葉は古くから使われています。俳句などでは常用いたします。
「まろぶ」も古語としても辞典に載っています。私の歌の場合は
「寝っころがる」という意味だとお受け取りください。
コメント有難うございました。
では、また。
2009/06/23(火) 08:20:28 | URL | sohya #- [ 編集 ]
神話の世界まで
  草弥先生

 日本の古代史では、虹を渡って、イザナギとイザナミが下界に降りられたとか。世界中で色んな話があったり色彩まで変わっていたり面白いものですね。種田山頭火のファンが播州にて、句碑の準備をしているようですが、中には自分の句を読んで書く方もあるようです。虹に関する句、二句ほど。「函館山から高砂へ 虹の架け橋」(相馬一夫) 「にじのはしわたりあいたいひとにあいにゆく」(内藤邦子) そういえばあの与謝野晶子の恋敵である山川登美子にも、どこかに「虹」の歌があったと記憶しています。でも巻頭の句、さらさらしていていいですね!
2009/06/23(火) 23:18:17 | URL | 硯水亭歳時記 Ⅱ #xxIaUQbE [ 編集 ]
おはようございます。
 ありがとうございます。
 良く分かりました。
 今後とも宜しくご指導の程、お願いいたします。
2009/06/24(水) 07:05:45 | URL | こうめい #- [ 編集 ]
「先生」は、おやめください
■普賢文殊さま。
お早うございます。
先ず申し上げておきますが「先生」はおやめください。
「さん」で結構です。
①イザナギ、イザナミの世界は「古代史」ではありません。
「日本神話」の世界です。
②私も自由律の俳句、短歌を採り上げたことがありますし、
歌の場合には「実作者」でもあります。
お引きの新作の相馬一夫氏の句は、およそ面白くありませんね。
恐らく、函館山にも山頭火の句碑があって、今度、高砂にも建てる予定が
あるので、この句になったのかと思いますが。。。
師事する人の句碑を建てるのはまだしも、自分の句碑をやたら建てるのを
見ますが、「いじましい」ものです。
「句碑」「歌碑」というのは、後世の人が作品なり作者を偲んで、
建てるものだと、私は思います。
あなたのサイトはコメント拒否なので、ここに書いておくにとどめます。
では、また。
2009/06/24(水) 07:32:10 | URL | sohya #- [ 編集 ]
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