K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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神田川祭の中をながれけり・・・・・・・・・・・久保田万太郎
0805sanja三社祭

   神田川祭の中をながれけり・・・・・・・・・・・・・・・・久保田万太郎

夏祭の、五穀の生産暦とは無縁な、いわゆる都市型の祭礼の華やかさは、江戸の山王権現(日枝神社)と神田明神(神田神社)の祭に典型が見られたという。
この二神社の祭は天下祭と呼ばれ幕府公認の祭事だった。
今の日本橋の川筋がひとつの境になっていたという。

久保田万太郎は浅草生まれだが、この句は神田明神の祭を詠んだものか。
神田川もコンクリートで岸を固められて細くなったり暗渠になったりしている。
昔の神田川の風情を詠んだ懐かしい句として、この句は鑑賞したい。
どの祭を指すか判らないまま、江戸の夏祭に触れてみたい。

浅草三社祭は古くは陰暦三月だったが、今は5月の第3日曜を最終とする3日間(2014年は5月16~18日)に催行される。今日は、その日に因んで、この句を載せることにした。

ご存じかと思うが浅草寺と浅草神社は神仏習合の頃からの仕来りで、浅草神社の祭礼とある。
浅草寺の縁起は古く、本尊観音が宮戸川(今の隅田川)で漁師に拾われたのは推古朝のことだという。
三社とは、その時の漁師、浜成、武成の兄弟と土師直中知(はじのあたいなかとも)を指す。
人の名前に「社」という字が宛てられる理由は知らない。
とにかく、この観音の出現により、武蔵野の片隅だった江戸湾近くの寒村が次第に江戸の盛り場として、人の通う所となっていったのだという。

 三社まつり山王まつりともに雨・・・・・・・・・・・・・室積徂春

折角、山車や神輿を飾ったのに、という江戸っ子の舌打ちが聞こえてきそうである。
今年のお祭は、どうであろうか。

庶民の夏にかかせない行事に縁日があることを忘れては片手落ちである。
都市生活に伴い、江戸中期以降、日中勤務する商人や職人にとって夜の市(いち)は憩いの場で、参詣によるご利益と市の立つ賑わいは、庶民の夢と実用が重なっていた。
もっと先のことになるが、7月10日に観音様に参詣すれば4万6000日分の参詣に相当するということと、夜市で楽しむということは、まことに一挙両得の感があったのではないか。

 朝顔を見にしののめの人通り・・・・・・・・・・・・久保田万太郎

 夫婦らし酸漿(ほほづき)市の戻りらし・・・・・・・・・・・・高浜虚子

これらの句は朝顔市、酸漿市の描写だが、夏の夜の路傍に、アセチレンガスを点けて、飴や綿菓子、小亀やヒヨコなどの小動物、草花、金魚などを売っていた夜店は懐かしい風物詩であった。夕食後、家族そろって夕涼みをかねて出掛けた思い出を持つ人は多いだろう。
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三社祭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

三社祭(さんじゃまつり)は、毎年5月に行われる東京都台東区浅草の浅草神社の例大祭である。江戸三大祭は通説では神田祭、山王祭、深川祭の事であるが、深川祭に代えてこちらを加える学説もある。

旧幕以来の江戸文化の中心であった神田とも、隅田川以東の下町文化圏とも浅草は別個であるが巧妙に両者のイメージを利用してきた背景がある。文化圏について鈍感な行政やマスコミの影響もあり、その中心部は土地持ちの富裕層が多かったにも関わらず下町イメージで語られる不思議な町「浅草」の魔力といっても過言ではない。

但し、「観光宣伝色が強い」「浅草の内部での結束が悪すぎる」「各町神輿連合をヤクザが組の宣伝に利用している(昔は酒をタカリにしか来なかったが、現在では同好会を主催)」など問題点も多く、地元都民の全面的支持は受けていない。参加者のモラルの低下も指摘される処であり、このため自治体としての台東区も万が一に火の粉を被りたくないためか、暖かく見守りはするが積極的に関わろうとしない「隣の話」という態度を崩していない。この背景には「祭り」でありながら「氏子」が中心としての求心力をもち得ない特殊な事情があり、何かあっても責任の押し付け合いに終始する浅草の悪癖が根底にある。

現在は5月第3週の金・土・日曜日に行われる。正式名称は浅草神社例大祭。

かつては観音祭・船祭・示現会に分かれていたが、1872年から5月17・18日に行われるようになった。

本来ならば氏子が担ぐのが正当であるが、一時期、担ぎ手不足の時代に他所から担ぎ手を募った歴史はある。現在は人員は足りているが、神輿同好会が参加している。ふんどしを穿いてる担ぎ手も結構多い。


祭りの構成
1日目(金):名物大行列(浅草芸者、田楽、手古舞、白鷺の舞、等が登場)
2日目(土):氏子各町神輿連合渡御
最終日(日):宮だし・本社神輿各町渡御・宮入り



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