K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣・・・・・・・・・・・・橋本多佳子
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   生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣・・・・・・・・・・・・橋本多佳子

今日5月29日は橋本多佳子の忌日である。
生まれは東京の本郷で、明治32年に杉田久女に会い、はじめて俳句を作った。
のち山口誓子に師事し「天狼」同人だった。昭和38年大阪で没する。64歳だった。
彼女の句は命に触れたものを的確な構成によって詠いあげた、情熱的で抒情性のある豊麗の句境だった。

「浴衣」と書いて「ゆかた」と訓(よ)ませるのは、この着物が本来は「入浴」の時に着たことに由来する。
風呂は「蒸し風呂」が初めだったので「湯帷子」を着て入った。
近世以降、浴槽に湯を入れて裸で入浴するようになり、そのため出てから汗のあるまま単衣を浴衣として着るようになった。
それが外出用にも着られるようになったというのである。
だから人によっては「浴衣」はあくまでも家の中のものである、と主張する人も居るらしい。
写真は京都の祇園祭の時の浴衣の写真。
この頃では色彩もとりどりの浴衣が出てきたが、はじめは「藍」一色で染められた。
梅雨の前から気候が蒸し暑くなると、さらさらした肌さわりの浴衣が愛用される。
この頃では関西が発祥のものである「甚平」というものが、これは男性専用であるが着用されるようになってきた。
また、本来は修行僧の作業衣であった「作務衣(さむえ)」なるものを着用する人も増えてきた。

掲出の橋本多佳子の句は「藍」一色の浴衣を詠んでいるが、この句は夫に先立たれて生きてきた「女」としての情念を感じさせる名句である。

俳句にもたくさん詠まれて来たので、それを引いて終わる。

 爽やかな汗の上着る浴衣かな・・・・・・・・野村喜舟

 わきあけのいつほころびし浴衣かな・・・・・・・・久保田万太郎

 雨の日は色濃き浴衣子に着せる・・・・・・・・福島小蕾

 張りとほす女の意地や藍ゆかた・・・・・・・・杉田久女

 夕日あかあか浴衣に身透き日本人・・・・・・・・中村草田男

 かいま見し浴衣童の今逝くと・・・・・・・・中村汀女

 浴衣あたらしく夜の川漕ぎくだる・・・・・・・・大野林火

 湯上りの浴衣を着つつ夫に答ふ・・・・・・・・星野立子

 浴衣着て竹屋に竹の青さ見ゆ・・・・・・・・飯田龍太

 ゆるやかに着ても浴衣の折目かな・・・・・・・・大槻紀奴夫

 浴衣着て素肌もつとも目覚めけり・・・・・・・・古賀まり子

 浴衣裁つ紺が匂ひて夜深まる・・・・・・・・矢島寿子

 浴衣着て水得し花のごとくなり・・・・・・・・中田葉月女



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