
まどろみて覚むればつよき梔子(くちなし)の
香りまとひて黒猫が過ぐ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
この歌は私の第一歌集『茶の四季』(角川書店)に載るものである。
ものの本によると、この木は本州中南部、四国、九州で見られるものだという。
常緑低木で1メートルから3メートルくらいのものである。葉は光沢があり、写真①のように六弁の香りの高い花をつける。
香りと言っても、とても強い香りで屋外にあるからよいが、とても屋内には置けない強い香りである。

花が終わると写真②のような実をつける。
秋になると、この実は漢方薬で解熱剤に用いられたり、自然色素として鮮やかな黄色を出すので、染料やお正月料理のクリキントンの色づけに使ったりする。
以前に住んでいた土地は広かったので、このクチナシの木を植えていた。母が、その実を採集してお正月料理の時に利用していた。
ただ、この木には、こういう香りの強い木を好む虫がわんさとついて困ったものである。人の人差し指くらいもある無毛の虫である。
書きおくれたが、「くちなし」という名前は、この実が熟しても口を開かないので、こんな名前になったという。
なお漢名の「梔子」という字は花が杯に似ているためについたという。

クチナシにつく虫は写真③の虫そっくりではないが、いま手元に、その写真がないので、よく似た虫の写真で代用するが、こんな感じの虫である。
この写真の虫はパセリなどにつく虫でパセリも香りが極めて強い草であるから、この種類の虫には共通するものがある。
成虫はアゲハチョウの類である。
文学の世界では「口なし」と捉えて
山吹の花色衣主や誰れ問へど答へず口なしにして・・・・・・・・・・・・素性法師
のように詠われた。
私の歌のことだが、黒猫がクチナシの香りをまとって過ぎる、というのは文学的な大げさな表現で、
黒猫が過ぎてゆくにつれてクチナシの香りがした、ということである。
黒猫と白いクチナシの花との対比ということも私は考えた。
以下、クチナシを詠った句を引いて終わる。なお夏の季語としては「梔子の花」である。
口なしの花咲くかたや日にうとき・・・・・・・・与謝蕪村
薄月夜花くちなしの匂ひけり・・・・・・・・正岡子規
山梔子の蛾に光陰がただよへる・・・・・・・・飯田蛇笏
スモッグにくちなしの白傷付けり・・・・・・・・滝井孝作
驟雨くるくちなしの香を踏みにじり・・・・・・・・木下夕爾
口なしの花はや文の褪せるごと・・・・・・・・中村草田男
今朝咲きしくちなしの又白きこと・・・・・・・・星野立子
くちなしの花より暁けて接心会・・・・・・・・中川宋淵
夜をこめて八重くちなしのふくよかさ・・・・・・・・渡辺桂子
辞してなほくちなしの香のはなれざる・・・・・・・・中田余瓶
山梔子のねばりつくごと闇匂ふ・・・・・・・・森島幸子
梔子に横顔かたき修道女・・・・・・・・三宅一鳴
風生れ来るくちなしの花の中・・・・・・・・入江雪子
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