K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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父の眸や熟れ麦に陽が赫つとさす・・・・・・・・・飯田龍太
2345ce88de1d51518c75ab54d1a23da7麦秋

    父の眸や熟れ麦に陽が赫(か)つとさす・・・・・・・・・・・・・・・飯田龍太

私の辺りでは昔は米の「裏作」として秋に種を蒔いて麦を栽培していたが、今では全く作られなくなった。
ここにも書いたが、2008年5月にスペインに行ったときには、かの地はちょうど麦秋の時期に入るところだった。
日本の何倍もの面積があるので、すでに麦の刈り取りの済んだところもあった。

   麦秋の中なるが悲し聖廃墟・・・・・・・・・・・・・・・水原秋桜子

という句を思い出していた。
写真②は、まだ青い麦である。
c0042797_1424114まだ青い麦

「麦秋」と言う言葉は趣のあるもので秋蒔きの麦が初夏の頃に黄色く熟れるのを表現している。
あいにく日本では梅雨の頃に麦秋が訪れるので、雨の多い年などは大変である。
雨が多くて刈り取りが遅れると立った穂のまま湿気で発芽したりするのである。
以前に地方に出張していた頃は車窓から麦刈りの風景などが見られたものである。
九州などでは麦刈りの時期も早いので梅雨までには済んでいるようである。
私の歌にも麦を詠ったものがあり「・・・熟れ麦にほふ真昼なりけり」というようなものがあったと思って歌集の中を探してみたが、
なにぶん歌の数が多くて見つけられず、掲出の龍太の句にする。

麦にはいろいろの種類があり、用途によって品種改良がされてきた。
小麦粉にするのは「小麦」である。ご飯にまぜて食べるのは「裸麦」である。ビール原料になるのは「大麦」で、専用のビール麦というのが開発されている。
因みに言うと「裸麦」は荒い石灰と一緒に混ぜて専用の臼で表面の固い殻を摺り落す。その際に麦の割れ目の筋が褐色に残る。
昔は、そのまま押し麦にして米飯と一緒に混ぜて炊いたが、今では、その筋に沿って縦にカットして米粒のような形に加工してあるから
一見すると区別がつかないようになっている。
他に「ライ麦」や家畜の餌にする「燕麦」などがある。
むかし軍部はなやかなりし頃、「陸軍大演習」になると、私の辺りの農村も舞台になったが、空き地には軍馬が臨時の厩舎を作って囲われたが、
馬に与えられた燕麦がこぼれて翌年に麦の芽が出て穂になったりしたものである。
参考までに言うと、馬に与える草などは地面に置いた餌箱に置かれるが、麦のような細かい粒のものは零れて無駄にならないように帆布のような厚い餌袋を耳から口にかけさせて食べさせるのである。
馬は時々頭を跳ね上げて、袋の中の麦粒を口に入れようとするので、多少は辺りに飛び散るのだった。

以下、麦秋を詠った句を引いて終わる。

 麦秋や葉書一枚野を流る・・・・・・・・・山口誓子

 いくさよあるな麦生に金貨天降るとも・・・・・・・・中村草田男

 麦熟れて夕真白き障子かな・・・・・・・・・中村汀女

 一幅を懸け一穂の麦を活け・・・・・・・・田村木国

 灯がさせば麦は夜半も朱きなり・・・・・・・・田中灯京

 麦笛に暗がりの麦伸びにけり・・・・・・・・山根立鳥

 少年のリズム麦生の錆び鉄路・・・・・・・・細見綾子

 麦の穂やああ麦の穂や歩きたし・・・・・・・・徳永夏川女

 褐色の麦褐色の赤児の声・・・・・・・・福田甲子雄

 郵便夫ゴッホの麦の上をくる・・・・・・・・菅原多つを

 麦は穂に山山は日をつなぎあひ・・・・・・・・中田六郎

 会ふや又別れて遠し麦の秋・・・・・・・・成田千空

 石仏に嘗て目鼻や麦の秋・・・・・・・・広瀬直人

 麦秋のいちにち何もせねば老ゆ・・・・・・・・関成美

 クレヨンの黄を麦秋のために折る・・・・・・・・林 桂

 麦の秋男ゆつくり滅びゆく・・・・・・・・立岩利夫

 麦秋や老ゆるに覚悟などいらぬ・・・・・・・・水津八重子

 一杯の水に底あり麦の秋・・・・・・・・吉田悦花

 麦秋の中に近江の湖をおく・・・・・・・・大高霧海






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