K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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蛸壺やはかなき夢を夏の月・・・・・・・・・松尾芭蕉
007タコツボ

   蛸壺やはかなき夢を夏の月・・・・・・・・・・・・・・・・・・松尾芭蕉

芭蕉は貞享5年(1866年)4月20日、兵庫から須磨、明石へ脚を伸ばした。その夜は須磨に泊ったが、これは、その時の旅に基づく句。
「明石夜泊」と題があるのは、月の名所である明石に泊ったことにして詩情を深める芭蕉一流の「虚構」。


写真は、現在の蛸漁に使われる「タコツボ」である。
昔は瀬戸物製の壺型のものであったが、今ではプラスチック製で、重しに、底にセメントが深く塗りこめてある。
下の写真は、そのタコツボに長いロープをつけて結わえて、何百個と漁船で沈めにゆく。
tako1たこつぼ

芭蕉の句に戻ると、句も最終的に元禄3、4年に至って、この形に定まったと言われている。
明石の浦は蛸の名産地。激しい明石海峡の流れにもまれて、明石の蛸は、よく身が締まっていて、旨い。
その海底で何も知らずに蛸壺に入り夏の夜の短夜の月光のもと、はかない夢を結んでいる蛸。
その命も、また、はかない夢である。
そこには無常の命の「あはれ」があるが、また達観した目で眺めれば、一種の「をかし」の気分も湧いて、この句の忘れ難い複雑な味わいも生れる。
『笈の小文』所載。
先に書いたように、この芭蕉の句は、場所も、季節も変えて作られている。
文芸表現というものは、こういう「虚構」をさりげなく、巧みに取り込みながら、いかにも真実らしく作品を仕上げるか、というのが文芸作者の本領である。
この句の場合、考証に値いする日記などの裏づけがあるので、このように解明されている。
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蛸壺の話から、いま思い出したことがある。
昔、地方へ茶の売り込みに出張していた頃。
鉄道もSLがまだ健在だった頃、移動時間も今とは倍も三倍もかかって各地の得意先を廻っていたので、何泊も「宿屋」に泊った。
今のようにビジネスホテルがあるわけでもなく、旅費を節約するために、いわゆる「商人宿」というところにも泊った。
家庭的な雰囲気の宿で、常連さんというのが決っていて、身の廻りのものを置いている人もいた。
そんな同宿者の中に「蛸壺のセールスマン」という人もいたのである。
私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)の中に、次のような歌がある。ただしWeb上では、ご覧いただけない。

  秋草にまろべば空も海に似て泊り重ねし波止の宿おもふ

  秋草の波止場の旅籠(はたご)に蛸壺のセールスマンと泊りあはせし
・・・・・・・・・・・・木村草弥

第四歌集に入れてあるが、実際に制作したのは、もう随分まえのものである。
今となっては、なつかしい思い出の1ページになってしまった。
詳しい話は聞かなかったが、漁協などを廻って蛸壺の注文を取っていたのだろう。
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いま歳時記を繰ってみたが、「蛸」という季語は、僅かに山本健吉のものに夏の季語で「章魚」として載っているだけである。

 章魚突の潜(かづ)けり肢体あをくゆれ・・・・・・・・草堂

 章魚沈むそのとき海の色をして・・・・・・・・占魚

 祭の蛸祭の蛸と呼んで行く・・・・・・・・寒月

 章魚干せば天の青さの炎ゆるなる・・・・・・・・まもる

関東では、どの程度、蛸を賞味するのか知らないが、真蛸の旬は夏で、関西では殊に6、7月の祭の頃に鱧(はも)と並んで賞味する。
「酢たこ」など、あっさりして、さっぱりして美味なものである。
もっとも今では海外産のものが一年中でまわり、わが家では、よく食する。



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