K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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三井修歌集『汽水域』・・・・・・・・・・・・木村草弥
汽水域_NEW

       三井修歌集『汽水域』・・・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・ながらみ書房2016/05/25刊・・・・・・

この歌集は、三井修氏の第九歌集になる。 2005年6月から2013年1月までの506首の作品が収録されている。
三井先生には、私の第四歌集『嬬恋』の合同出版記念会に出席して批評していただいたのを初めとして、第五歌集『昭和』の読む会を東京で開いてもらうなど、多大のお世話になった。

この本をご恵贈いただいてから、もう一か月を過ぎている。 このように紹介が遅れたのには理由がある。
私は四月はじめから体調に異常を来たし、上肢、下肢に力が入らず、むくみ、全身の脱力感、肩や股関節の痛みなど突然の不調に見舞われた。
また夜間の頻尿による「小便垂れ」にも襲われ「おむつ」を当てる仕儀となった。
あちこち整形外科などを渡り歩き、自費で鍼治療などを鋭意やったが軽快せず、いろいろ自分でネットなどを調べた結果、「リウマチ」に関係するのではないか、と思い当たり、宇治市で開業されるリウマチ学会所属の専門医M先生の診察を受け「リウマチ性多発筋痛症」の診断を得ることが出来た。
先生は京都府立医大の出身であられるが、その先輩にあたる兵庫医大教授・佐野統先生が新設、移転した京都岡本記念病院に隔週に来ておられることを伝えられ、今はこの病院のリウマチ科で治療を受けている。
おかげで原因も判り、的確な治療で、ずんずん回復し手、指のむくみや硬直も解消してペンや箸を持つことも可能になった。
このような心身不調に陥ったのには或る「引き金」になったことがある。
それは妻・弥生の死後、十年間にわたってお世話になった稲田京子さんを喪ったことである。
二月七日の私の誕生日を祝うというので、当地のフランス料理店で、ささやかなランチを友人も交えて三人で摂った。
その際、京子さんがひどく痩せているのが判った。 実は亡夫君・道夫氏の十三回忌の法事が昨年末あり、それに引き続いての新年の行事など、しばらく会っていなかったのである。
すでに病院の見落としによる腹部の癌が進行し、二月下旬に入院したときには手の打ちようがなかった。 もちろん毎日、私は病院に通ったが日々衰弱して三月二十五日に亡くなった。
これが「引き金」である。 今になって判ることであるが、それらの「ストレス」による自律神経の失調により交感神経、副交感神経のバランスに異常を来たし、今回の病気に至ったと主治医の先生は言う。

遅くなったが、以下に三井先生の本を紹介することとする。

この本の「帯」文にも書かれているが、全般に「やわらかな言葉、おだやかな調べ」に終始する。 激しい言葉や調べは無い。
題名の「汽水域」とは「あとがき」に書かれているように、沖縄の石垣島を訪ねられたときの歌

  <右左マングローブを眺めつつわれらの船は汽水域ゆく>

から採られている。
<海水と淡水の交じり合った状態が、決して若くもなく、かといっていまだ老人の気持ちにもなれない、現在の自分の曖昧さとどこか通じるような気がしたからである>と書いてある。
この期間には継母を送り、孫が生まれたりの身めぐりの変遷があったが、作者は、もともと身内のことは詠わない人である。
以下、歌を引いて鑑賞することにする。

*抒情詩と叙事詩鋭く交差するアラビアなりしか 若く旅しき
*四年間アラビア語学を学びいし四十年前ただ貧しくて
*読む暇あるとはもはや思わぬが古書店に購う『アラビア詩集』
*若き日にヨルダン川にもとめたる聖水の壜乾き果てたり
*交易を生活となして充実の若き日ありき歌も詠みつつ
三井さんはアラビア語の学習者として、かつ、それを日常に操る商人として中東に在った。 それらは『砂の詩学』などの歌集に結実している。
これらの歌は、まとまって連作に配されているのではないが、歌集の中から拾って、まとめて載せてみた。 三井さんとはアラビアは切っても切れない終生のテーマであろう。

*靴紐が緩みたるまま行くような心もとなさ 母病みており
*係累のなければ故郷へ行く汽車も<帰省>にあらずもはや<旅>なり
*再びの母の忌終えて去る能登よ 雨に靴下湿らせながら
*子らが去り夕陽の去りたる後の苑 ぶらんこに今は月光が乗る
*幼な子が手のひら開けばうすべにの雛のあられ畳に零る
三井さんは家族のことは歌にしない人であった。 今回も数は少ないが、いくつか拾ってみた。 みな読者の胸にしんと迫る歌である。 継母との別れなども詠まれている。

*一代とはまことにかかる闇ならむ 見えつつ見えず時に躓く
*エンディングノートがなかなか埋まらない額紫陽花の花の咲きいて
*地の上に花影深き裂をもつその裂の間は渡りゆく蟻
*古九谷の皿の中ゆく赤き雉三百年経てまだ皿を出ず
*何をどう歌えばいいのか三十と余年詠みきて今も苦しむ
ところどころに人生を問う深い歌が挟まれる。 「時に躓く」という修辞など秀逸である。

*復興支援酒場に我ら食むみいるは鮫の心臓翻車魚の胴
時には、こういう時局からみの歌もある。 これも今を生きる同時代人としての矜持であろうか。

そろそろ鑑賞を終りにしたい。
*早春の光は人を強くする少年の日も老い初めし今も
*右左マングローブを眺めつつわれらの船は汽水域ゆく
*はるかなる歳月はるかなるアラブはるかなる父母はるかなる愛
一番後の歌は巻末近くに置かれたもので、この一巻を締めくくるものとして「絶唱」だと私は思う。

体調が、まだ万全ではないままペンを執ったことを了承されたい。 大部の本のため見落とした歌も多いかと思う。 お許し願いたい。
読み終えた快い昂ぶりの中に居ることをお伝えして鑑賞を終わる。 有難うございました。



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