
忽然としてひぐらしの絶えしかば
少年の日の坂のくらやみ・・・・・・・・・・・・・・佐藤通雅
この歌は、佐藤通雅『襤褸日乗』(1982年刊)に載るもので、「角川現代短歌集成」第三巻から引いた。
佐藤通雅については ← ここに詳しい。
「ひぐらし」はカナカナカナと乾いた声で鳴く。だから、「かなかな」とも呼ぶ。夜明けと夕方に深い森で鳴く。
市街地や里山では聞かない。 鳴くのは写真①のヒグラシの雄。
この声を聞くと、いかにも秋らしい感じがするが、山間部に入ると7月から鳴いている。
海抜の高度や気温に左右されることが多いようだ。
『古今集』に
ひぐらしの鳴く山里の夕暮は風よりほかに訪ふ人もなし
という歌があり、ひぐらしの特徴を巧く捉えている。『和漢三才図会』には「晩景に至りて鳴く声、寂寥たり」とあるのも的確な表現である。
この、「角川現代短歌集成」第三巻には「ひぐらし」や「つくつくぼうし」などを詠んだ佳い歌がたくさん載っている。
いくつか引いてみよう。
たゆたへる雲に落ちゆく日の在処遠ひぐらしの声きこゆなり・・・・・・・・・・・松村英一
大方は決りしわれの半生とひぐらしの鳴く落日朱し・・・・・・・・・・・武川忠一
かなかなの今年のこゑよあかときの闇にとほればわれは目覚めぬ・・・・・・・・・・・上田三四二
蜩は響き啼きけり彼の国のジャムもリルケも知らざりしこゑ・・・・・・・・・・・宮柊二
ひぐらしの昇りつめたる声とだえあれはとだえし声のまぼろし・・・・・・・・・・・平井弘
ひぐらしのおもひおもひのこゑきけり清七地獄すぎてゆくころ・・・・・・・・・・・小野興二郎
木をかへてまた鳴きいでしひぐらしのひとつの声の澄み徹るなり・・・・・・・・・・・岡野弘彦
樹の下の泥のつづきのてーぶるに かなかなのなくひかりちりばふ・・・・・・・・・・・森岡貞香
寂しくばなほ寂しきに来て棲めと花折峠のひぐらしぞ澄む・・・・・・・・・・・青井史
魔の笛のごとく鳴きつぐ茅蜩の声を率きゆく麦藁帽子・・・・・・・・・・・安藤昭司

↑ ヒグラシの雌は鳴かないが、念のために写真を出しておいた。
ひぐらしを詠った俳句も多いので、以下に引いて終りにする。
蜩や机を圧す椎の影・・・・・・・・正岡子規
面白う聞けば蜩夕日かな・・・・・・・・河東碧梧桐
ひぐらしに灯火はやき一と間かな・・・・・・・・久保田万太郎
かなかなの鳴きうつりけり夜明雲・・・・・・・・飯田蛇笏
ひぐらしや熊野へしづむ山幾重・・・・・・・・水原秋桜子
蜩やどの道も町へ下りてゐる・・・・・・・・臼田亞浪
蜩や雲のとざせる伊達郡・・・・・・・・加藤楸邨
ひぐらしや人びと帰る家もてり・・・・・・・・片山桃史
川明りかなかなの声水に入る・・・・・・・・井本農一
蜩や佐渡にあつまる雲熟るる・・・・・・・・沢木欣一
蜩の与謝蕪村の匂ひかな・・・・・・・・平井照敏
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