K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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神田鈴子歌集『春の蟻』・・・・・・・・・・木村草弥
神田_NEW

──新・読書ノート──

      神田鈴子歌集『春の蟻』・・・・・・・・・・木村草弥
              ・・・・・・青磁社2016/07/03刊・・・・・・・・・・

 思い返せば、大阪歌会でいつもお会いする神田さんであった。
いつのことだったか、体を壊されて入院されたと聞いて山本孟さんと一緒に病院へお見舞いに行ったことがある。そんなことで個人的にも親しくお付き合いするようになった。
 私の贈呈した歌集のお礼などに何度も手作りのケーキを頂いたことがある。いつも美味しく賞味したことである。
 さて、この歌集のことだが、牧雄彦氏の装丁が印象的である。「春の蟻」という字と、それに続くカットが面白い。
 奥田清和氏、牧雄彦氏の「あとがき」などに詳しく書かれていて、私が特に付け加えることなど何もないが、それだけでは芸がないので、少し歌を引いて書いてみたい。
 奥田氏は神田さんの小学校での担任だったという。何という古い縁(えにし)だろう。それらの思い出が「序文」に書かれていて趣ふかい。
 何分、二十八年にわたる歌の中からの精選であるから、この歌集の収録されたものを更に選ぶというのは極めて難しい。年度別の歌から一つづつ引くことになるだろう。

*弱りたる終の力をふり絞り母は指輪を抜きてわが手に
*生き甲斐はケーキ作りと決めゐしを短歌の道に連なりて来ぬ
*空襲の記憶たどればまざまざと夜空をのぼる火の柱立つ
*片ひざを抱きて夫は爪を切る明日は失ふ足を撫でつつ
*さしのべし細きかひなにわれを抱き夫はいまはの口づけをせり

これらの歌には母、夫との悲痛な「訣れ」が詠まれている。四首目の歌など、まさに絶唱というべく秀逸である。

*庇ひくるる手のなきこの身晒しつつ目くらむほどの遠き坂道
*震災に倒れしままの夫の墓碑割れ目を春の蟻のぼりゆく

二首目の歌から、この歌集の題名が採られているが、この歌は「大阪歌人クラブ市長賞」を得られたという記念すべき歌である。

*夫の知らぬ孫二人増え片言のとびかふ居間を見守るうつしゑ
*母子馬のつかず離れず草食める都井の岬の朝のつゆけさ

二首目の歌は都井岬に寄り添っている母子馬に托して、神田さんの心象が投影されている。

*夫の齢はるかに越えて生くる日よ冬の星座のまたたき仰ぐ
*禁断のさくらの実を食み立たされし集団疎開の飢ゑもはるけし
*夜の道に落としし銀のイヤリングこの月光を吸ひてゐるべし

三首目の歌の放つ雰囲気を読者は何とも言えぬ沈潜さを持って共有するのである。

*母逝きし齢をつひにけふ越えぬつね護られし日を重ね来て
*おだやかな元旦の光射し初むる干支は午年駆けてもみむか
*八歳に途絶えし父の記憶なり行年三十五歳の墓碑を撫でつつ

二首目の歌の結句「午年駆けてもみむか」という表現に神田さんの非凡な歌の才能を、かいま見る思いである。
今年、神田さんは傘寿を迎えられたという。その記念すべき年に、この歌集を上梓されたのを、私も悦びを共有してお祝いしたい。
 私が付け加えることは何もないが、敢えて言葉を連ねた次第である。
 有難うございました。どうぞ、お健やかにお過ごしください。

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