K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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妻の剥く梨の丸さを眩しめばけふの夕べの素肌ゆゆしき・・・・・・木村草弥
housui015豊水梨

  妻の剥く梨の丸さを眩しめば
        けふの夕べの素肌ゆゆしき・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せたもので、まだ亡妻が元気で「素肌」にも張りがあって魅力的だった頃に詠ったものである。
そういう気持ちが「ゆゆしき」という表現になっている。
今では、もう懐かしい追憶の歌になってしまった。
この歌は私には思い入れのある歌で、自選50首にも入っているのでWeb上でもご覧いただける。

掲出の写真①は「豊水」という早生種の梨で「幸水」なども、この系統である。
私の子供の頃は、近くでも水田に畦(くろ)を作って土を盛り、長十郎という褐色で、やや小ぶりの梨の畑があったが、
ざらざらした食感が二十世紀梨などに比べて嫌われて、いつしか姿を消した。
豊水、幸水は、この長十郎を最近になって品種改良したもので、今ではよく食べられるようになった。
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写真②は二十世紀梨畑のものだが、普通は紙袋をかぶっているが、これは撮影のために紙を剥がしてある。
写真③は二十世紀梨の花である。
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梨栽培というのも手間の要るもので、筆に花粉をつけて一つ一つ受粉させる。その写真もあるが省略する。
二十世紀梨というと鳥取県などが生産地として有名だが、この梨の発祥の地は千葉県東葛飾郡八柱村大字大橋(現・松戸市)で、明治に松戸覚之助翁が発見、育成し全国で栽培されるようになった。現地には発祥の地の記念碑が建っている。
ただ、この品種は黒斑病に罹りやすいという弱点があり、鳥取県などは、この障碍を克服して今日の地位をえたものだという。しかし、今や二十一世紀となり、先に書いたように早生種の食感のよいものが出て来たりして、その印象は過去のものとなりつつあるようだ。
この頃では梨の世界にも西洋梨のラ・フランスなども栽培されるようになり、梨の食感も大きく広がるようになった。
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写真④が「ラ・ルクチェ」という更に高価な洋ナシ。汁が多く、なめらかで香りがいい。
この種類の収穫は遅く、出回りは正月贈答用として出荷される。
西洋梨は、まだ珍しいので、結構値段が高く、栽培農家にすると、この高価格というのが、人件費の高い日本では魅力で、手掛ける農家が増えてきたらしい。
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写真⑤は二十世紀梨の箱詰だが、平成14年には鳥取県が、発祥の地の松戸市に感謝して、発祥の地の記念碑の隣に感謝の碑を建てた、という。
『和漢三才図会』には、いろいろの梨の種類を挙げ、紅瓶子梨は「肉白きこと雪のごとし」、江州の観音寺梨は「汁多く、甘美なること、口中に消ゆるごとし」、山城の松尾梨は「甘やわらかなること雪のごとし」などと褒めているが、これらの品種の名前は、今や聞くこともなく淘汰されてしまったと言える。果物の世界も生き残るのは過酷である。
梨を詠んだ句も多いが、少し引いて終わりにする。

 梨をむく音のさびしく霧降れり・・・・・・・・日野草城

 これやこの梨金のごとし君にすすむ・・・・・・・・山口青邨

 梨出荷大き麦藁帽に青空・・・・・・・・大野林火

 梨を分け病人のことたづねけり・・・・・・・・大野林火

 真夜覚めて梨をむきゐたりひとりごち・・・・・・・・加藤楸邨

 落梨を農婦の給ふ無造作よ・・・・・・・・殿村莵糸子

 梨と刃物しづけきものは憤り・・・・・・・・長谷川朝風

 梨採りしあと梨の木のしづかさよ・・・・・・・・辻岡紀川

 梨食うて口さむざむと日本海・・・・・・・・森澄雄

 梨狩や遠くに坐りゐるが母・・・・・・・・細川加賀


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