K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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古唐津で茶を飲むときにうら悲し妻が横向き涙を拭きぬ・・・・・・・・木村草弥
03-4絵唐津筒茶碗

    古唐津で茶を飲むときにうら悲し
      妻が横向き涙を拭きぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るもので、自選にも採っているのでWebのHPでもご覧いただける。

写真①は「絵唐津橋農夫文筒茶碗」というもので、出光美術館蔵の桃山時代の逸品。
私の歌に詠んでいる古唐津は、もちろん無名の並物であることは言うもでもない。

先に私の歌の説明を済ませておく。
「うら悲し妻が横向き涙を拭きぬ」というのは、妻に病気が見つかって、自分の病状について妻がナイーブになっていた時期の作品である。
私としては、そういう妻を「いとしい」と思い、このような歌を残せたことを嬉しく思うものである。

さて、美術史からみた古唐津のことである。
唐津焼は肥前一帯で広範に焼かれ、生産時期も長期にわたっているため、多くの種類がある。
これを区別するため、美術史上では、主として釉薬や装飾技法の違いから、おおよそ次のように分類する。
奥高麗、斑唐津、彫唐津、無地唐津、絵唐津、青唐津、黄唐津、黒唐津、朝鮮唐津、三島唐津、瀬戸唐津、献上唐津、美濃風織部唐津など。

602113-7_1絵唐津
↑ 写真②は絵唐津と言えば松文だが、「絵唐津松文大皿」桃山時代、出光美術館蔵。

↓ 写真③は江戸後期の松江の名君で大茶人の松平不昧公が所持していた「奥高麗茶碗」銘<秋夜>、桃山時代、出光美術館蔵。
602113-7_3奥高麗茶碗

唐津焼に限らず、伊万里、有田、薩摩などの陶器産地は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、朝鮮半島から多くの陶工を日本に連れてきて、陶土の探索や製陶に従事させたものから発展してきたと言える。
当時、朝鮮半島は製陶の先進地だったのである。

05large沈寿官
↑ 沈寿官作の薩摩焼の壺

薩摩焼の「沈寿官」家などは日本名を名乗らされてきたのを、最近になって先祖の朝鮮名を名乗るようになったものである。
これらの朝鮮半島ゆかりの陶工たちは、謂れのない民族差別に苦しんできたと思われるが、そんな中にあって、その唯一の救いは、我々は製陶の先進地から来たのだというプライドだったと思われる。
その生産品は献上品として各地の大名から喜ばれ、その故に或る程度の保護を受けられたのである。

このページは「唐津焼」について書いているので、つけたしになるが「沈寿官」家の名品を一点、写真⑤に紹介しておいた。


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