K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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梨食ふと目鼻片づけこの少女・・・・・・・・・・・・加藤楸邨
housui015豊水梨

  梨食ふと目鼻片づけこの少女・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

梨に無心にかぶりつく少女──この情景は、梨を四分割ほどにカットして食べ易い形にしたものを想像すると面白くない。
この句の情景は、梨を丸ごと、かぶりつく、ということであろう。
「目鼻片づけ」という表現は、目も鼻もどこかへ片づけて、食べることにひたすら没頭している少女、なのである。
余談だが、俳句の「俳」の字は、もと一般人と変ったことをして人を興じさせる芸人の意味だという。俳優の語は、そこから来た、と言われている。
明治以降の「俳句」も、和歌に対抗して滑稽な詩情を開拓した俳諧から出ているが、現代の俳句はもちろん、滑稽みや軽みだけですべてが表現されるものではない。
新しい短詩形文学の一形態として多種多様な心情を盛る。
この楸邨の句は、抜群の俳味をたたえてふくよかである。昭和51年刊『吹越』所収。

「梨」については、すでに9/7付けのBLOGで、私の歌を掲出して書いた。
俳句についても、いくつか引用したので、改めて付け加えることもないが、「梨」=無し、に通じるとして昔の人は言葉忌みをして「ありのみ」などという命名をしたものである。

先日は引かなかった句を少し引いて終る。

 仏へと梨十ばかりもらひけり・・・・・・・・・・・・正岡子規

 梨売りの頬照らし過ぐ市電の灯・・・・・・・・・・・・沢木欣一

 孔子一行衣服で赭い梨を拭き・・・・・・・・・・・・飯島晴子

 有の実やわれの故山を何処とも・・・・・・・・・・・・上田五千石

 勉強部屋覗くつもりの梨を剥く・・・・・・・・・・・・山田弘子

 さみしさを八つに割りし梨一個・・・・・・・・・・・・鳴戸奈菜

 一目瞭然の室内ラ・フランス・・・・・・・・・・・・有沢榠櫨

 老成も若さも遠し梨をむく・・・・・・・・・・・・深谷義紀

 梨甘き夜を欠くるなく集ひけり・・・・・・・・・・・・塙告冬

 夕刊に音たてて落つ梨の汁・・・・・・・・・・・・脇屋善之

 ラ・フランス花のごとくに香りけり・・・・・・・・・・・・佐々木まき

 梨半分ラップに包み逝きにけり・・・・・・・・・・・・近藤紀子

 袋よりはち切れさうな梨の尻・・・・・・・・・・・・間部美智子





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