K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
201705<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201707
犬蓼にある明るさよ野草園・・・・・・・・・・・・・・・青柳志解樹
img548赤まんま本命

  犬蓼にある明るさよ野草園・・・・・・・・・・・・・・・青柳志解樹

私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せたものに、こんなのがある。

   赤まんま幼のあそぶままごとの赤飯なれどだあれも来ない

   老いぬれば無性に親しき赤まんま路傍にひそと咲いてゐるゆゑ
・・・・・・・・・・・・・木村草弥

という歌が載っている。この歌も愛着のある歌で、放しがたい。

「赤まんま」または「赤のまま」などと呼ばれるが、それは赤い実の形からきている。
植物名としては「イヌタデ」という蓼の仲間である。タデ科の一年草。いたるところに自生する。
花は夏から秋にかけて咲くが、どちらかというと秋の花と言った方がよい。紅紫色の穂になって咲くが、花びらが無く、萼だけである。
役にたたない蓼ということでイヌタデと名づけられたというが、赤飯のような花なので赤まんまという。
子供のままごとに使われるというので、それが俗称の名前になった。ややメルヘンチックな印象の花である。
子供のままごとと言っても、おおよそは女の子のすることで、お招待でままごとに呼ばれることはあっても、
お義理であって男の子は、もっと乱暴な、活発な遊びがあった。しかし、赤まんまが赤飯の代りであることは知っていた。
先に書いたように、この草は、どこにでもある、ありふれた草だった。

『万葉集』に

  我が宿の穂蓼古韓(ふるから)摘みはやし実になるまでに君をし待たむ

という歌があるが、実になるまで待つと言って少女への恋の実りを待つに重ねて詠っている。
以下、赤まんまを詠んだ句を引いておく。

 日ねもすの埃のままの赤のまま・・・・・・・・高浜虚子

 手にしたる赤のまんまを手向草・・・・・・・・富安風生

 勝ち誇る子をみな逃げぬ赤のまま・・・・・・・・中村草田男

 赤のまま妻逝きて今日は何日目・・・・・・・・小川千賀

 山羊の貌朝日うけをり赤のまま・・・・・・・・坪野文子

 赤のまま此処を墳墓の地とせむか・・・・・・・・吉田週歩

 ここになほ昔のこれり赤のまま・・・・・・・・桜木俊晃

 出土土器散らばり乾き赤のまま・・・・・・・・水田三嬢

 縄汽車のぶつかり歩く赤のまま・・・・・・・・奥田可児

 


コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.