K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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書評「自己存在の起源を求めて」・・・・・・・・・・・・・・春日真木子
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──書評・評論──再掲載・初出(角川書店「短歌」平成11年9月号所載)

        「自己存在の起源を求めて」・・・・・・・・・・・・・・春日真木子
              ・・・・・・木村草弥歌集『嘉木』書評・・・・・・・・・・

『嘉木』は、木村草弥氏の第二歌集。
集名は、陸羽の『茶経』の「茶は南方の嘉木なり」によるもの。
表紙の「製茶の図」が格調を示すのも「生業である<茶>に対するこだわり」のあらわれであろう。

    ・汗あえて茶を刈る時にそぼつ身を女神のごとき風通るなり
    ・<汗匂ふゆゑにわれ在り>夏草を刈りゐたるとき不意に想ひぬ
    ・立春の茶畑の土にくつきりと生命線のごと日脚のびたり
宇治茶問屋の経営主の木村氏が、自ら茶摘みに励まれる歌。
一、二首目のヨーロッパ的教養が、茶摘みにあらたな匂いを添え、
三首目、立春の日脚の伸びる茶畑は、次の芽生えを育む光を浴び明るく健やかである。

    ・山城の荘園領主に楯つけば「東大寺文書」に悪党と呼ぶ
    ・年貢帳にいみじくも記す八十六人、三石以下にて貧しさにじむ
    ・女の名は書かず女房、母とのみ宗旨人別帳は嘉永四年
氏の住む周辺は、玉つ岡、青谷の里、つぎねふ山城、と地名うつくしく、また豊かな歴史がある。
古典、古文書を身近に引き寄せ、その上に数十首の歴史詠があるが、
抄出のように弱い立場の階級に視点をとどめる歌に注目した。
古文書の謎めいた一行が明快に甦るのも韻律の働きであろうか。
実証的な内容に雰囲気が加わり、つぎねふ山城は生命ゆたかに、木村氏の精神風土となっている。
「自らのアイデンティティを求めたのか」と川口美根子氏の帯文にある。
まことに自己存在の源を求めて郷土への執着が窺われ、この上に茶園があり、氏の四季詠がしずかに光を放っている。

<ともしびが音もなく凍る冬の夜は書架こそわれの黄金郷(エルドラド)たれ>の一首もあるが、
旺盛な知識欲と博識は、自から一集に滲む。

    ・葡萄摘むアダムの裔(すゑ)の青くさき腋窩あらはに濃むらさきなす
    ・押し合ひて群集はときに暗愚なり群を離れて「岩うつモーゼ」
    ・ヘブライの筆記のごとく右から左へ「創造」の絵はブルーに染まる
海外詠も、キリスト教的起源に触れ、英知を求めての旅であったろうか。
旧約を力づよい詩魂で描いたシャガールの図像に、知識人らしい見方がもりこまれている。

    ・黒猫が狭庭をよぎる夕べにてチベットの「死の書」を読み始む
    ・サドを隠れ読みし罌粟畑均されて秋陽かがやく墓地となりたり
「死の書」もサドも、日常現実のなかでうまく溶けあい、言葉の繋りにより気配が生れ、雰囲気のひろがる歌。
「詩はダンスである」、氏の心得とされるヴァレリーの言葉を重ねて味わっている。

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