K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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木村草弥第二詩集『愛の寓意』・・・・・「Ⅱうましゑ抄」(削除)以外の全文
(告 知)
2016/08/01付けで、FC2.us から次のようなメールが到着した。
<以下のURLに対してJASRAC様よりDMCAによる著作権違反の連絡が届いておりますので該当記事を凍結いたしました。>
これは私の第二詩集『愛の寓意』の「Ⅱうましゑ抄」に収録した7篇の作品の「引用」の仕方が著作権違反ということだろう。
私としては謝罪と誠意の意思を示すために「Ⅱうましゑ抄」全文を削除した。
なお本著は出版元に於いて、既に絶版となっており再刊されることはない。
以上、当方の謝罪と誠意の意思を表明し、今回の紛争に終止符を打っていただくようお願いする。
凍結は『愛の寓意』全体に対して行われたのだが、「Ⅱうましゑ抄」以外の作品については問題はないと考え、ここに再構成するものである。      
         2016/08/25                       木村草弥

愛の寓意_NEW

   木 村 草 弥  詩 集 『愛 の 寓 意』 Allegory of Love
                          角川書店 2010/11/30 刊
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愛の寓意        目次

I 序詩 あしひきの州見の山ゆ

長歌と反歌 あしひきの州見の山ゆ
ヤコブの梯子
風力分岐
桜吹雪
老後
ひとり連詩・残照
五十音図
贋作
州見山

Ⅱ うましゑ抄(削除)

Ⅲ 落花譜

落花譜
イェイツの墓碑銘
樹液と甲虫たち
アダージェット

Ⅳ 畢詩 京終と称ふる地なる

畢詩 京終と称ふる地なる


初出一覧
著者 略歴
あとがき

装丁  岸顯樹郎

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I 序詩 あしひきの州見の山ゆ


 長歌と反歌 あしひきの州見の山ゆ

   長歌  あららぎの丹の実光れる州見山
三香原(みかのはら) 布當(ふたぎ)の野辺を さを鹿は嬬(つま)呼び響(とよ)む。山みれば山裳(やまも)
みがほし 里みれば里裳(さと)住みよし。櫟坂(いちさか)を登りいゆけば山城(やましろ)
と寧楽(なら)の境に あららぎの丹の実光れる州見山(くにみやま)。天地(あめつち)の依り
合ふ限(きは)み 春草を馬食ひをらむ州見山。
あしひきの州見の山ゆ 見かへれば 朝霧のおぼに流るる
泉河(いづみがは)。青丹よし寧楽の都に木材(きだち)運ぶと 木の津なる浜辺に
見ゆる大船の ゆくらゆくらと。
陽炎のあるかなきかの 春霞たつ つぎねふ山城。
夏草の繁き勢(きほ)ひの 幣(みてぐら)を寧楽に。
秋草に結ぶさ露のしろしろと 天つ水仰ぎて待たむ。
石(いは)走る垂水も凍(い)てて 羽交ひの鴨に雪は零(ふ)りつつ。
古への賢(さか)しき人の天雲(あまぐもの)たどきも知らず ししくしろ熟睡(うまい)
に落つるぬばたまの妹(いも)。
狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解きまけて はねず色の移ろひ
やすき若草の嬬。
      反歌
拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし女男(めを)の熟睡(うまい)なるべし

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  ヤコブの梯子(はしご)

 或る日。
外がやかましいので出てみると
地上から一本の軌道が
エレベータを載せて
天上の宇宙静止軌道の宇宙ステーションまで
伸びていた

それは
まるで「ジャックの豆の木」のように
亭々と立っていた
上の端は雲にかかって
よくは見えない高さだった。

──────────────────────────────
 彼ヤコブは夢を見た。
 見よ。
 一つの梯子(はしご)が地に向けて立てられている。
 その頂(いただき)は天に届き、見よ、
 神の使いたちが、その梯子を
 上り下りしている。

           (旧約聖書・創世記28章12節)
───────────────────────────────

 或る朝。
お釈迦さまが極楽を歩いていた時に、
蓮池から遥か下の地獄を ふと覗くと
罪人の犍陀多(カンダタ)が居た。
カンダタは生前さまざまの悪事の報いで地獄に
落されていたのだが、小さな蜘蛛を助けたことがあった。
そこで お釈迦さまは地獄の底のカンダタを極楽への
道へ案内するために、一本の蜘蛛の糸を
カンダタに下ろす。
カンダタは極楽から伸びる蜘蛛の糸を見て喜び、
これで地獄から脱出できると思った。
そして 細い蜘蛛の糸を伝って何万里もある距離を
上り始めた。
ところが糸を伝って上る途中で、ふと下を見ると
数限りない地獄の罪人たちが自分の下から続いて来る。
このままでは細い蜘蛛の糸は重みで切れて落ちてしまう。
カンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前たちは
一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」と喚く。
自分だけ地獄から抜け出そうとするカンダタの
無慈悲な心がお釈迦さまには浅ましく思えたのか、
次の瞬間、蜘蛛の糸はカンダタのぶらさがっている所から
ぷつりと切れて愚かなカンダタは再び地獄に落ちてしまった。
 芥川龍之介の見た夢の出来事である。

軌道エレベータの着想は
宇宙旅行の父コンスタンチン・ツィオルコフスキーが
1895年に、すでに自著の中で記述している。

静止軌道上の人工衛星から地上に達するチューブを垂らし
そのケーブルを伝って昇降することで地上と宇宙を往復するのだ。
全体の遠心力が重力を上回るように、反対側にも
ケーブルを伸ばして上端とする。
軌道エレベータを建設するために必要な強度を持つ
カーボンナノチューブが発見されたことにより実現したのだった。

 或る日。
大きな宇宙ごみ(スペースデブリ)が
軌道エレベータに衝突して
ケーブルが切断され
何百人もの人が死んだ。
切断されたケーブルは、まだ修復が済んでいない。
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  風 力 分 級
     ──おのづから陥穽ふかく来しならむ蟻地獄なる翳ふかき砂 ──

少年は虚弱児だったので
独りで お寺の縁側の下で繰り広げられるアリジゴクの
「狩」の様子をじっと見つめるばかりだった
アリジゴクのすり鉢の穴を
昆虫少年というのでもなく
飽かず眺めていた。

アリジゴクの陣地構築はどうするのか。
彼アリジゴクは先ず大きな輪を描きながら後ずさりしてゆく。
その輪の直径は次第に小さくなり、
最後に中心に潜り込んで完成する。
陣地の砂の斜面の角度は、いわゆる「安息角」。
もし虫などの獲物が斜面に足を突っ込むと、安定が崩れて地獄の穴
の底へ転落する。
湿度の変化によって「安息角」が変化するので、ときどき修正する
ことも忘れない。
頭にあるハサミは、よく見るとすり鉢の底にぐっと広げ、斜面の下
端を器用に支えている。だから、このハサミのセンサーで斜面に起
る微妙な変化を感知できるのである。
粒ぞろいの砂がある場所ならともかく、一見、とても陣地が作れそ
うにもない荒地でも、整地作業する。
つまり、粒ぞろいに整地するのだ。

一九八二年、アメリカの動物学の雑誌に、この陣地構築に関する論
文が出た。題して「アントライオンAnt-lion幼虫の陣地構築に関する
バイオフィジックス」。
この整地作業の際に彼アリジゴクは、砂の粒を揃えるのに
「風力分級」という作業をする。
「風力分級」というがニュートン域と層流域の中間域が丁度よいの
である。

<風力分級の極意をアリジゴクに学ぶ>など考えてもみなかった。
つまりアリジゴクは整地作業の際に砂を顎の力で刎ね飛ばすのだが
その際に「風力分級」という「物理学」を応用するのである。

いつだったか
むしあつい盛夏の夜
宇治川の堤の上の道を車で走っていた。
水生のウスバカゲロウかトビケラか、彼らの大群が水辺から羽化し
雄と雌がお互いに交尾を求めて「婚姻飛翔」nuptial flightに群飛する。
その群にまき込まれると虫の死骸の油で道路はつるつるになり交通
事故が多発する。

蟻地獄アリジゴクもウスバカゲロウの一種だが水生の種のような
群飛はしないし、とにかく彼らは孤独なのだ。
だが、彼らは昆虫でありながら二、三年は生きる長命だし「餓え」
には強いのだった。
とにかく彼らは辛抱強い。
獲物がかかるのを、ひたすら待つ。

二、三年は生きながら砂のすり鉢の底に居るから排泄すると巣が汚
れるので彼らは排泄しない。だから肛門がない。
成虫に羽化してから二、三年分の糞を一度に放出するらしい。
巣を汚さない、のついでに書けば、捕えた餌の昆虫などは蜘蛛のよ
うに、口から消化液を注入して半消化にしてから吸い取って吸収す
る。
吸い尽して空になった虫の体は強い顎で、穴の外へポーンと放り投
げて捨てる。
水生のウスバカゲロウのように群飛して、交尾して、産卵して、二、
三時間で死ぬこともない。二、三週間は生きるらしい。

何も知らなかった少年は
年月を重ねて
女を知り
<修羅>というほどのものではないが
幾星霜かがあって
かの無頼の
石川桂郎の句《蟻地獄女の髪の掌に剰り》
の世界を多少は判る齢になって
老年を迎えた。
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  桜吹雪
     ──パイロットインクをずっと使ってた
          あなたに遭えたころのブルーよ
                    上野久雄 ──

地下深くエスカレータに下る
トーキョー駅の奈落の底へ
トーキョー・ベイの波しぶきも
ここまでは届かない
今しがたトーキョー・ベイの
遊歩道に散る桜吹雪を
浴びて来たのだった

球根は地中に育っていた
庭石の先にクロッカスが咲いた
花の散る気配ひそけき夜の底ひに
命あるものの温みに安らいで眠ろう
老らくは老ゆらくにして老楽ならず
 
よい事ばかりではなかった
私の中を通り過ぎて行った一人の女(ひと)
梅はもとより辛夷、沈丁花、花馬酔木
花の名は一人の女(ひと)に習って覚えた
めらめらと嫉妬の炎を燃やす女ひとではなかった
そっと坐っているような穏かさがいとほしかった

連翹の花の黄が目に痛い
それは
かりそめのまた必然のことであったか
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  老後
       ──老後とは死ぬまでの日々花木槿  草間時彦 ──

嫌な右目だ 左目はゆっくり空へ向けよう
揺れるブランコ
雌猫の目が右目で睨んでいる
黒い箱の中が暗いとは限らない
なめらかな時間の薄皮をそっと剥ぐ
いちにちをむすんでひらいて酔いながら
風流だなあ 時間の秘処を洗いつつ
赤ちゃんが赤い ぬくとい朝である。

ひょうたんがふらりと訪ねてきた喪の日
ガラス器に音楽満ちて昼の葬
読経する不確かに声寄せ合って
木の葉一枚もらって帰る葬式
朝の歯ブラシがやわらかい
てのひらは明るく開かれ朝のトースト
昼餉のあとのまどろみの夢見に春画がどぎつい
性犯罪のようにぬいぐるみが温かい
楕円形の眠い意識のまま白い陶器
夕暮にさわってすこし大人 花いちもんめ
ことりことり足音も忍ばせて幽霊もさみしい
思考の隣の有象無象がくたびれる
暮れてゆく窓の不思議を呑みこもう
馬鹿馬鹿しい長い電話があった
抜いて差す釘一本。

老後ってこんなものか二杯目のカプチーノ
呆ける楽しさ 帽子が水に浮いている
飽きの来ぬ背中を眺め日が暮れる
木の股の先に木の股 苦笑する
未来から過去へ点いたり消えたりしている電灯
存在の赤さに秋の灯が沁みる
手を振りつづける 平凡な日常が消えないように。
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  ひとり連詩 残 照
       ──春潮の快楽けらくか老いのうす明かり──

<川は枕の下を流れ>
と詠んだのは吉井勇
川は きのうへ流れ
ひとりぼっちの川は流れる 無信心
性書ひらく一瞬 さくらが咲いた
本なんか読むなよ 満開の桜だ
母の展(ひろ)げる地図に さくらさくら
襞(ひだ)をひろげると地図が消えている
妻の手の鳴る方へ 魚形の眼(まなこ)だ
春の夜の不思議な夢に家族の目だ
私の咎(とが)で傷つくお月さまだ
春の雨 やがて弔い唄になる。

花は雫(しずく)して木偶(でく)の唇はひらき
弱肉強食の歯にしらしらと桜満ち
木偶に木偶来て きのうのさくらだね
死者の目に残るさくらの幾ひらぞ
生は死の一部分であり
生きる証(あかし)の腐臭を放つのだ 贄(にえ)
じっとしていると集(つど)う孤と孤と孤
あこがれのあれは けだものの火のかたち
青嵐 火の手が及ぶかもしれぬ
待つ身ゆえに 郵便受に日が落ちる。

野菜サラダの上を菜種前線通過中
存在証明 大きな音で茶碗が割れる
こっそりと研ぐ快感のナイフ
ナイフ研ぐ かすかに青を零(こぼ)す指
フラスコの中の白濁した未来
黄泉比良坂(よもつひらさか) 缶を蹴ったり石を蹴ったり
ガードレールをざくっと越えてゆく記号
「柿の種」をポリポリ 遺産相続人になる
木のぬくもり 男と女の過失率
毀れゆく確かなものなど有りはしない
屈託もなく春風が春画をめくる
吉野は天川村洞川(どろがわ)から陀羅尼助丸が届く
いいえ、言葉の置き薬です。

体内と体外の毛の出来ごころ
通せんぼは止(よ)して あなたの夢の中
春の体内の橋はぐらぐらと危険だ
木の腋をくすぐり女は雨を待つ
気持よさそうに紐がのびている
そう、蛇になったら行くところがある
しばらくは木の股に生きているよと揺れている
そう、ふんころがしの一生に似て来たな。

    ひとつぶの朱(あけ)の残照 生きている。
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  五十音図

     あいうえお
     か くけこ
     さしすせそ
     たちつてと
     なにぬねの
     はひふへほ
     まみ めも
     やいゆえよ
      りるれろ
     わゐうゑを
     ん

     あいうえお
     かき けこ
      しすせそ
     たちつてと
     なにぬねの
     はひふへほ
     まみむめも
      いゆえよ
     らりるれろ
     わゐうゑを
     ん

原っぱに散らばる二枚の五十音図表には
虫に食われた穴が空いていた
弥いちゃんが その穴を仔細に見たら
虫に食われた穴の文字は

    き む ら く さ や

だと判った
そこで 弥いちゃんは
その字たちを拾い集めて
五十音図表の虫食いの穴に嵌め込んだ
  むかし
  弥いちゃんは
  くさやの奥さんだった
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  贋作
     ──にせものときまりし壺の夜長かな   木下夕爾──

本手瀬戸唐津茶碗直斎宗守(武者小路七代)箱書
<時代金直しがされてます
高台までニューがのびてますが使用には問題ありません
仕服は淡々斎雪月花裂です
後から付加えられたものと思われます
箱底が虫食いとなっています
桃山から江戸初期の伝世茶碗です
寸法・巾一四○ 高七四
価格・お問合せください>

<淡々斎>というと裏千家十四世のことだが。。。

「贋作」とは
或る名高い物があって
誰かが
それに似せようとして
それに阿(おもね)ろうとして
あわよくば 真品だとして
誰かを騙そうとして製作するものを指す

だが
この茶盌はいいものだな
誰かが 後から
淡々斎の裂(きれ)なんかを
付加えたのが間違いだった

誰かさんの詩のように
稚拙でもいいから
他人の真似でない
自立した作品を作ろうよ
利休も言っているではないか
<茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる>

或る未見の人からEメールで
<言葉を操る業師>と言われた
わざし、寝わざ師。
いっそ「仕事人(しごとにん)」と呼ばれたい。
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  州見山

三香原布當(みかのはらふたぎ)の野辺をさを鹿は嬬(つま)呼び響(とよ)む朝が来にけり
山の端の羅(うすもの)引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ
あしひきの州見(くにみ)の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川
あららぎの丹の実光れる櫟坂(いちさか)は寧楽(なら)と山城へだつる境
猫と老人めだつ島なるイドラ島エーゲ海の光燦と注ぎぬ
エーゲ海の島の日向に老人が屯しゐたり そんな日が来る
ニッポンの老いびとたちも日がな日がなG(グラウンド)ゴルフの球(たま)と遊べり
いそいそと誰に見しよとの耳飾り身をやつし行く老いの華やぎ
百歳を超すひと三六二七六人祝ふべきかな老人国ニッポン
<死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾(うべな)ふ 青葡萄生なる
狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解き待てる若草の嬬
拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし女男(めを)の熟睡(うまい)なるべし


  *この作品は、「序詩」に載せた「長歌・あしひきの州見の山ゆ」を角川書店
    「短歌」編集部からの注文により短歌作品として再構成したものである。


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III 落花譜

   愛咬やはるかはるかにさくら散る    時実新子


  落花譜

     みやこの花のちりかゝるは
     光信か胡粉の剥落した
     さまなれ

       又平に逢ふや御室の花さかり    蕪村


《「又平に」自画賛》 紙本着色 103×26 逸翁美術館蔵
「又平に逢ふや御室の花さかり」の句とともに描かれた俳画
又平は近松門左衛門の「傾城反魂香」に登場する画家

     花とりのために
     身をはふらかし
     よろつのこと
     おこたりかち
     なる人のありさま
     ほとあはれにゆかしき
     ものはあらし

       花を踏し
       草履も見えて
       朝寝かな        夜半翁


《美人図自画賛》 紙本墨書 扇面 19×50
「あはれにゆかしき」女の姿を蕪村は、こう描いた

蕪村の墓は、京都市左京区一乗寺の金福寺にある。
元禄の頃、この寺の鉄舟和尚が芭蕉に心酔して自らの庵を芭蕉庵と
名づけたのだが、蕪村の時代にはすっかり荒廃していたので、蕪村
の友人だった樋口道立という儒者が発起人となり再興した。
蕪村はそれを機に写経社というグループを結成し、毎年二回、金福
寺で句会を開くとともに「洛東芭蕉庵再興記」なる一文を書く。
安永六年には、やはり道立の発起により、庵の横に芭蕉を讃える石
碑が建立された。

蕪村の句<我も死して碑に辺(ほとり)せむ枯尾花>に詠まれた「碑」とは、
この芭蕉碑のこと。
「枯尾花」は芭蕉の追善集の書名にかけたもの。
芭蕉を尊敬していた蕪村。俳諧の歴史の流れの中で、自らも芭蕉の
ような高みを目指したいという志が読み取れる。
天明六年十月に持病の胸痛を訴えた蕪村は十二月二十五日未明、
六十八歳で亡くなる。

辞世の句は<しら梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり>
そして、「我も死して」の句の通り、金福寺の芭蕉碑の近くに葬られ
ることになった。
蕪村の墓の隣には俳句の高弟・江森月居の墓、蕪村の絵の一番弟子
で四条派の祖となった呉春も師の間近に眠る。

     身にしむや
       なき妻のくしを閨(ねや)に踏(ふむ)    蕪村


     *       *       *


  愛咬やはるかはるかにさくら散る    時実新子

「愛咬」とは成熟した男女の情事での秘戯である。
情事の床で、いろいろのテクニックを駆使しての成熟したカップル
のもつれ合う姿が脳裏に浮かんでくる。
時しも、桜の季節しかも「はるかはるかにさくら散る」という
お膳立ても出来上がっている。
愛は「はかないもの」で、はるかはるかに散る桜のように、愛の熱
情も、いつか色あせ、移ろってゆく。
そういう愛の「哀しみ」を、状況設定も見事に芸術作品に仕立てた。

時実新子は一九二九年岡山市生れの人気川柳作家でエッセイストで
もあった。
二〇〇七年三月十日肺がんのために七十八歳で亡くなった。
句集に『時実新子一萬句集』『有夫恋』などがある。
この人の師匠は川上三太郎で、処女句集『新子』の序文の中で、

<新子は女性であるから何よりも先ず女性の手に成った句を書くように仕向けた>

という。
川柳人口のほとんどが男性であった昭和三十年頃、他の男性作家と
同じような句を書いていた新子に、三太郎が与えた啓示であった。

     一月に生きて金魚の可能性      時実新子
     二ン月の裏に来ていた影法師
     三月の風石に舞うめくるめき
     四月散り敷いて企み夜になる
     美しい五月正当化す別離
     六月の雨まっさきに犬に降る
     七月に透ける血脈陽を怖れ
     八月の蝉からからと完(おわ)りける
     脈うつは九月の肌にして多恨
     十月の藍の晴着に享く光
     あくまでも白し十一月の喉(のんど)かな
     極月のてのひらなれば萼(うてな)です
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  イェイツの墓碑銘


Cast a cold eye
On Life, on Death
Horseman, pass by !
  ……William Butler Yeats

氷河によって削られ特異な形をしたベンブルベン山(五二五m)の見えるドラムクリフの
聖コロンバ教会。
ここはノーベル賞詩人のW.B.イェイツの祖父が牧師を務めていた教会で、イェイツも
よくここを訪ねており、ここの墓地にイェイツの墓がある。

この教会の敷地の一角には立派な「ハイクロス」があり、写真も撮った。
この特異な形のベンブルベン山の見える土地にはイェイツは幼い頃から家族で夏を過ごし、
この自然がイェイツの詩作にも大きな影響を与えたと言われている。
ここスライゴー郊外のドラムクリフで、イェイツは村の人々から聞いた口伝の伝説を集め
『アイルランド農民の妖精物語と民話』(一八八八年)、『ケルトの薄明』(一八九〇年)に
収めたりした。
そして民話に触発された独自の詩の世界を完成させた。
また『秘密の薔薇』(一八九六年)では、妖精や神々、英雄を登場させたりもした。

ウィリアム・バトラー・イェイツ(一八六五年六月十三日~一九三九年一月二八日)は、
アイルランドの詩人、劇作家。
イギリスの神秘主義秘密結社黄金の暁教団のメンバーでもある。
ダブリン郊外、サンディマウント出身。
神秘主義的思想をテーマにした作品を描き、アイルランド文芸復興を促した。
日本の能の影響を受けたことでも知られる。

イェイツの属した、黄金の暁教団(The Hermetic Order of the Golden Dawn)とは、
十九世紀末にイギリスで創設された近代西洋儀式魔術の秘密結社である。
黄金の暁教団、ゴールデンドーンなどとも訳され、GD団と略される。
この結社は一八八八年三月一日、ウィリアム・ウィン・ウェストコット、マグレガー・メ
イザース、ウィリアム・ロバート・ウッドマンの三人によって発足。
最盛期には百名以上の団員を擁したが、内紛により一九〇三年頃までに三結社に分裂する。
その教義はカバラを中心に、当時ヨーロッパでブームを起こしていた神智学の東洋哲学や
薔薇十字団伝説、錬金術、エジプト神話、占い、グリモワールなどを習合させたもの。
教義の習得ごとに、生命の樹(カバラの創世論の図)になぞらえた位階を設定。昇格試験
を経て上位の位階に進むというシステムを採用し、一種の「魔法学校」の様相を呈してい
た。
後の多くの西洋神秘主義団体も、このシステムを受け継いでいる。
人間の階級は当初最低が「ニオファイト」で最高が「アデプタス・マイナー」であるとさ
れていたが、後期には指導者が勝手にそれらより上の階級である「アデプタス・メジャー」
等を名乗り始める。
長らくその内容は謎に包まれていたが、イスラエル・リガルディによって出版されて公に
知れることになった。
なおリガルディーはのちに自宅を魔術マニアに荒らされ、コレクションを盗まれる。
これを天罰だという向きもあった。

イェイツは、
一八六五年 画家J・イェイツのもとに生まれる。十五歳まではロンドンで過ごす。
一八八八年 ダブリンに帰郷。父の影響で絵の勉強をしたが、むしろ文学の方面で実力を
      発揮した。
一八八九年 「アシーンの放浪」出版。ケルトの古伝説に興味を持ち始める。
一八九二年 アイルランド文芸協会設立。
一八九九年 アイルランド国民劇場協会設立。
一九二三年 ノーベル文学賞受賞。

イェイツは一九三九年南イタリアで亡くなったが、遺言により第二次大戦後、ここに改葬
されて、懐かしい教会の墓地に眠っている。
墓石には、亡くなる数日前に書かれたという「ベンブルベンの麓にて」と題する詩の一部
が彫られている。

私は、まだ詩の全文にも当たっていないが、私のやっている短歌の音数律に則って訳して
みた。

Cast a cold eye
On Life, on Death
Horseman, pass by !

冷徹な 視線を
生に、死に 投げて
馬の乗り手は、 時の過ぎつつ
       (木村草弥 訳)

墓碑には、この詩とともに、生死の年月日が刻まれている。
黒い石の墓石に白い字が印象的な、簡素な墓である。
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  樹液と甲虫たち
      ──少年は樹液饐すえたる甘き香をにほはせ過ぎぬ露けき朝を──

学校の夏休みが始まり、いよいよ少年たちの楽しい夏だ。
家の中に閉じこもらずに野山に出かけよう。
雑木林に行くとナラ、クヌギなどの広葉樹の太い木には樹液の沁み
出る傷がある。
そんなところには木の樹液に集る虫が寄ってきて樹液を舐めている。
カブトムシ、クワガタムシ、カナブンなどの甲虫やムカデなどであ
る。
樹液は甘い香りがして、実際は酢と甘さとアンモニア臭と色々のも
のが混ざったものらしい。
とにかく、昆虫採集をして樹液の近くに居ると、体に樹液の匂いが
沁みつくもので、
題名に添えた歌は、そんな少年の情景を詠んでいる。

樹液の沁み出す木の傷には、いろいろの虫が集ってくる。
虫にも強弱があり、力の強いカブトムシなどは
ズカズカと樹液に到達するが、弱い虫は遠慮がちに
オズオズと周辺から辺りをみながら近づいてくるから面白い。

少年の頃は虚弱児で、活動的な子ではなかったが、田舎ですぐ近く
には雑木林があるような環境だったから
上級生に連れられて虫を捕まえに行ったりした。
水泳なんかも、上級生に無理に川に突き落とされて、溺れまいと必
死で泳ぎを覚えたものである。

おおよそ昆虫は雄が大きく牙も大きい。少年の頃は何も知らずに牙
の大きいのを源氏、小さいのを平家などと呼んでいた。
いま、昆虫の雄が大きい、と書いたが、それは正確ではない。
昆虫と言っても多くの種類があり、甲虫目(鞘翅目)は雄が大きい
ことが多い。
バッタ、イナゴ、カマキリなどバッタ目(直翅目)は雄が小さく、
雌が大きい。
もっとも、これらは樹液にたかる虫ではなく、草を食べたり、草の
汁を吸ったりする昆虫である。

とにかく、樹液の出る傷のある樹が見当たらない場合は、先に書い
たように樹液に似た液を作って樹の洞などに置いておくと虫が集っ
てくるものである。その辺は少年なりの知恵と言えようか。

蝉などは幾つもの種類が朝早くから、やかましく鳴いていた。あま
り蝉採りなどはしなかった。
蝉の名前が思い出せない小さな蝉でじーじーと鳴くのがうるさかっ
た。
夏の終りに近づくとカナカナと蜩(ひぐらし)が鳴き出す。ツクツクボウシも秋
口の蝉である。

先日、暑いさなかをゴルフしていたら、何年も年月を経た大きなポ
プラの木に羽化した蝉の抜け殻があり、木の周りに地下から幼虫が
出てきた穴が、いくつもあった。
日本の蝉は地下に数年棲んでいるから、幼木にはまだ蝉は棲みつか
ない。

ノコギリクワガタという立派なクワガタが居て、体の色が赤銅色に
光っているのが特徴。
この虫が子供たちにも人気があった。
昔はクヌギ、ナラなどの雑木は薪として利用されたので数年の更新
期を経て伐採された。
そんなタキギとしての用途もなくなって、雑木林はうち捨てられた。
クヌギやナラは数年で更新されるから再生するのであって、伐られ
なくなっては雑木林は衰退するばかりである。

そんな虫たちを詠んだ草弥の歌がある。

   沙羅の寺(抄)
  楢の木の樹液もとめて這ふ百足(むかで)足一本も遊ばさず来る
  かたつむりの竹の一節越ゆるを見て人に会ふべき顔とりもどす
  蟻の国の事も知らずで箒もて掃くも殺すもガリバーの我

新潮社の読書誌『波』二○○四年八月号の連載コラム「猫の目草」
一○三回で、故・日高敏隆先生が「カブトムシたちの苦労」という
のを書いていらっしゃる。
それを読むと、交尾の済んだカブトムシの雌は卵を生みつける手ご
ろな「腐葉土」を見つけて産卵すると、雌の一生は終る。カブトム
シの幼虫は腐葉土を食べて育つ。
カブトムシと並んで子供たちの関心の的であるクワガタムシは、親
はカブトムシと同じく樹液を唯一の食物としているのに、どういう
わけか「朽木」に産卵し、幼虫は朽木を食べて育つ。
朽木により腐り方がいろいろあり、クワガタムシの種類によって好
みも違うが、総じて朽木は腐葉土に比べて栄養価がずっと低い。
だからクワガタムシの幼虫が親になるには、少なくとも二、三年は
かかる。けれど、その代わり、親は、カブトムシと違って二年以上
生きられる。同じ樹液に集る虫なのに、カブトムシとクワガタムシ
は、まるで違った一生を過ごしているのである。

こんなことは、今はじめて知ったことである。 自然は一面、
公平なところがあるのだ。
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  アダージェット
        ──吾が爪の変形しゆく夕まぐれ
            『マーラー五番アダージョ』黄の部屋に盈つ──山口紀子

ルキーノ・ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』というのが
あった。
その主題曲として
マーラーのシンフォニー五番、第四楽章アダージェットが挿入され、
多くの人の耳に馴染み深い、忘れられない音楽となった。
ヴェニスを舞台に展開する屈折した同性愛のエロスとは
無縁であることは言うまでもないが、
この曲はマーラーがアルマ・シントラーに贈った愛の曲である。

マーラーは一九〇一年十一月に知り合い、一ヵ月後に婚約し、
四ヵ月後に結婚した。

マーラーと親しかったオランダの指揮者メンゲルベルクは
自分のスコアの第四楽章のアダージェット部分に、
こんなメモを書き残している。

──────────────────────────────
このアダージェットはグスタフ・マーラーが
アルマに宛てた愛の告白である!
彼は手紙の代りにこの自筆譜を彼女に贈り、言葉
を一切添えなかった。
だが彼女はそれを理解し、「来てください!!!」
と返事を書いた。
これは二人が私に話してくれたことである! W.M
───────────────────────────────

また、スコアの左端には、冒頭のヴァイオリンに
よる旋律にぴったり当てはまる七行の詩が書き込
まれている。

  どれほど君を愛しているか
  私の太陽よ
  言葉では言い尽くせない
  ただ君に憧れ
  君を愛しているとだけ
  訴えることしかできない
  君は我が至福の喜び!

シンフォニックなラヴレターと呼べるアダージェッ
トは「言葉なき歌曲」だが、言葉がついているに等
しいと言える。

前登志夫の弟子に石坂幸子という歌人が居て、山口紀子と二人で
「たらえふ通信」というハガキによる歌語りを交換していた。
石坂幸子がC型肝炎で逝って「たらえふ通信」と歌友・山口紀子が
残された。


残されて生きる心にほんのりと
 芙蓉のような明るさありて    山口紀子

その残された山口紀子と木村草弥は、一年弱「えふえむ通信」なる
ハガキ通信をしていた。
山口紀子は第三子出産後、厳しい腎臓障害に陥り、週三回の透析を
必要とするような生活に苦しんでいた。


吾が爪の変形しゆく夕まぐれ
 『マーラー五番アダージョ』黄の部屋に盈つ

という冒頭の歌は、「爪の変形しゆく」と詠って悲痛である。
「えふえむ通信」は、そんな紀子の体調を慮って、つい遠慮する私に
紀子が苛立ち、いつしか通信に齟齬を来たすようになって解消した。
あれから、もう十数年が経つが紀子はどうしているだろうか。


マーラー死後その妻アルマ波乱なす
 華やかな恋あまたしたりき    木村草弥


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IV 畢詩 京終と称ふる地なる

   草深き夏野わけ行くさを鹿の音をこそたてね露ぞこぼるる (新古今集・恋2・一一〇一 藤原良経)


  畢詩 京終と称ふる地なる(抄)
  ──石川郎女と大伴宿祢田主との贈答歌──
遊士(みやびを)とわれは聞けるを屋戸借さずわれを還せりおその風流士(みやびを)
遊士にわれは有りけり屋戸借さず還ししわれぞ風流士にはある


山背(やましろ)の 杣のわが屋戸(やど) 西つかた 神奈備山に
五百枝(いほえ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂(つが)の樹の
弥(いや)つぎつぎに 絶ゆることなく ありつつも 止(や)まず通はむ。
青丹によし 寧楽(なら)の京師(みやこ)に 春の日は 山し見がほし
秋の夜は 河し清(さや)けし 旦(あさ)雲に 鶴(たづ)は乱れつ
夕霧に かはづは騒ぐ。
京終(きょうばて)と称(とな)ふる地なる 仮庵(いほ)の 高楼の屋戸ゆ
玻璃戸より ふりさけ見れば 春日なる 若草山に 雪は著(しる)しも
一人して 巻きたる帯を 二人して 帯解(おびとけ)て寝(ぬ)る 若草の嬬(つま)。

  わが命 ま幸(さき)くあらば また寝(い)ねむ
  ひたぶるに 貪(むさぼ)らむかな この熟睡(うましね)を





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