K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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死とはただ居なくなること秋ざくら・・・・・・・・不破博
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    死とはただ居なくなること秋ざくら・・・・・・・・・・・・・・・・不破博 

コスモスの咲き誇る季節になった。コスモスは「秋桜」ともいう。この句は、それを採っている。
一見くらい感じの句で申し訳ないが、私くらいの齢になると「死」は、いつも意識の中にあるからである。

私の歌に、こんなものがある。

  をとめごの純潔は死語コスモスを風はなかなか抜け出せずゐる・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載せたもので「牧神の午後」という項目に入っている。ここには採りたい歌が多く、すでにいくつか紹介した。

コスモスの「花言葉」は、おとめの純潔、おとめの心情、真心、調和、愛情などがあるが、この歌は、それを踏まえて作ってある。
フリー・セックスの風潮盛んなこんにち「おとめの純潔」などということは、文字通り「死語」である。
そういう風潮を踏まえて、ある種の皮肉をこめて歌にしてある。
「風はなかなか抜け出せず」というのは、コスモスというのは、なよなよした草で、風が吹いても、もたもたしているようで、それを、こういう表現にしてみた。
この頃ではコスモスも品種改良が進み6月頃から咲くものもあるらしい。
コスモスCOSMOSというと「宇宙」のことである。ギリシア語KOSMOSでは、秩序、調和、宇宙を意味するが、その後に「美しさ」という意味が付加したという。
コスモスはキク科コスモス属だが、メキシコ原産で中米から南米にかけて分布するが、メキシコには30種くらいの原種があるという。
今では品種改良され、開花時期も早くなり、草丈も半分くらいのものがある。写真には、それらの中からいくつか載せてみた。

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コスモスのことを「秋桜」とも呼ぶが、秋桜というと、山口百恵のヒット曲を思い出す。
これも漢字で表記されているが、ふりがなは「コスモス」となっている。

 淡紅の秋桜が秋の日の
 何気ない陽溜りに揺れている
 
 縁側でアルバムを開いては
 私の幼い日の思い出を
ありがとうの言葉をかみしめながら
 生きてみます私なりに
 こんな小春日和の穏やかな日には
 もう少しあなたの子供でいさせて下さい・・・・・・・・・・・・(作詞・作曲 さだまさし)

歌詞も詩的である。今でも山口百恵のアルバムは、コンスタントに売れているという。国鉄がコマーシャル・ソングに採用した「旅立ち」という歌も佳い歌だった。

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私の第一歌集『茶の四季』にも、次のような歌がある。

   コスモスの花のさやぎを見てあれば心騒がすもの欲しきなり

   コスモスの咲きたる駅に大鴉するどき爪に蛙を食めり

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コスモスを詠んだ句にもいいものが多い。以下、それを引いて終る。

 馬の来て尾の遊び居る秋桜・・・・・・・・田村木国

 コスモスに雨ありけらし朝日影・・・・・・・・水原秋桜子

 コスモスの向ふむきよりしぐれきぬ・・・・・・・・加藤楸邨

 コスモスや遠嶺は暮るるむらさきに・・・・・・・・五十崎古郷

 月光に風のひらめく秋ざくら・・・・・・・・西島麦南

 紅白もさみしきものよ秋桜・・・・・・・・上野泰

 風船をつれコスモスの中帰る・・・・・・・・石原八束

 コスモスの揺れやむひまもなかりけり・・・・・・・・久永雁水荘

 コスモスのむこう向けるは泣けるなり・・・・・・・・秋沢猛

 秋ざくらもの思ふとき眼閉づ・・・・・・・・北浦ばら女

 コスモスに寿貞の声のきこえけり・・・・・・・・平井照敏


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