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K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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黒田正子『京都語源案内』から「埒があく」「小倉あん」・・・・木村草弥
kamigamo上賀茂神社

──新・読書ノート──初出・Doblog2007/06/08

  黒田正子『京都語源案内』から
    「埒があく」「小倉あん」・・・・・・・・・・木村草弥


黒田正子氏が『京都語源案内』(光村推古書院)という本を出された。そこには私たちが普段なにげなく使っている日本語の語源が、住み慣れた京都の町の、身近にあることを教えられる。
今回から少しづつ紹介する。

唐突だが、「埒(らち)があく」という言葉は、京都の上賀茂神社に生まれた、ということをご存知だろうか。
大仕事が片付いて「これでやっと、ラチがあきました」とか「こんなことしてたら、ラチがあかへん」とか、あるいは「ふらちな行ない」「ふらちなヤツ」なんて言い方もする。
<~いっそこのままふらちな心でいるなら、胸が痛むね>は、サザンオールスターズの桑田クンが歌う『C調言葉に御用心』の一節。
このように使われる「埒」という言葉は、そもそもは馬場の囲いのことで、これを破ることを「不埒」という。そして、この馬場の囲いが、ほかでもない、上賀茂神社で5月に行われる「競馬(くらべうま)神事の囲い」のことである。これは当の上賀茂神社の解説であるから間違いない。
競馬神事は葵祭神事の一環と神社の公式ページに書いてある。それもその筈。上賀茂神社と下鴨神社は葵祭を一体として運営しているからである。
競馬会(くらべうまえ)というのは、平安京の宮中行事に由来する伝統神事。この行事を滞りなく終えて、境内の馬場と観客を仕切る柵囲いがすべて取り払われたとき、はじめて「らちがあく」のだそうである。まさに「へぇー」というほかないところ。

ここには上賀茂神社の競馬神事の写真を3枚お見せする。
一番はじめの写真は上賀茂神社の社殿の写真であることは言うまでもない。

aoimaturi18競馬①

aoimaturi17競馬②

aoimaturi21競馬③

そもそも、5月5日に行われる競馬神事は堀河天皇の寛治7年(1093)に始まった。
神事の式次第には難しいことがいろいろあるが省略させてもらう。
この競馬会の様子は『徒然草』にも書かれている。
これに先立ち5月1日には、5日の競馬に出場する馬足の優劣を定める「足汰式」(あしそろえしき)が行われるという。平成15年には競馬会神事910年祭が斎行された。

そう言えば、「らち」という言葉は、現代競馬でも使われるではないか。
競馬の実況中継なんかでも「ラチ沿いを・・・」とか放送される「柵」のことである。

さて、終りになったが、話題は変わって、「小倉(おぐら)」アイスとか「小倉餡(あん)」という言葉に残る「小倉」というのは嵯峨嵐山の紅葉の名所、「小倉山」のことである。
鎌倉時代に歌人の藤原定家の山荘「時雨亭」のあったところ。
ここで撰集されたのが「小倉百人一首」である。
100099s小倉百人一首本命

それを色紙に書いて山荘の障子に張り愉しんだのである。
「小倉アイス」は今の季節にぴったりのものだが、甘党には懐かしい「小倉あん」「小倉ようかん」「小倉あんパン」もある。この小倉餡が、この小倉山に生まれたことを知る人は多くはなかろう。今や「小倉あん」というのは日本中で通用するが、実際、江戸時代には、小倉山のふもとに小豆畑があった、と言われている。

考えてみれば、京都は長らく「都」であり、日本文化の中心であった。言葉は都に生まれ、同心円を描いて各地に広がっていったから、京の町のあちこちや伝統行事のあれこれに語源が潜んでいても不思議ではなく、いやむしろ当然すぎる話である。
次回からの語源探訪をお楽しみに。 では、また。


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