K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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しばらくはその香に酔ひてをりにけり晩白柚風呂に浸るひととき・・・・・木村草弥
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    しばらくはその香に酔ひてをりにけり
       晩白柚風呂に浸るひととき・・・・・・・・・・・・木村草弥


この歌は私の第四歌集『嬬恋』(角川書店)に載るものである。
この歌の前に

  賜ひたる晩白柚まろく大きかり男手借りてむき分かちたり・・・・・・・木村草弥

という歌が載っているが、晩白柚を下さったのは「コスモス」の古参の安立スハル氏である。

写真①は贈答用箱に鎮座した晩白柚(ばんぺいゆ) 。
この果物は、一般に知られる赤い実のザボン(白柚)の一種で、その実は淡い黄緑色である。
柑橘類の中では最大級で直径は20~25センチ、重さは1.5~2.5㎏にもなる。
原産地はマレー半島。白柚より完熟期が遅いことから晩生白柚→晩白柚と命名された。
発見者は、当時の台湾の農業技師で植物研究家の島田弥市氏である。
晩白柚の父として知られる同氏は熊本県八代郡東陽村の出身で、同村を全国有数のショウガ産地に育てて「ショウガの父」としても知られる他「ポンカン博士」としても有名で、
その生涯を植物研究に燃焼し尽くした人である。

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写真②には、晩白柚の大きさを示すために手に持った人物の顔と対比してもらいたい。
晩白柚の産地の八代地方は、かなり以前からザボンが栽培されていたが、晩白柚は熊本県果樹試験場を経て、一般農家にも広まるようになり、独特の香りと柔らかな食味を持つことから、昭和40年代に入ると急速に栽培量が多くなった。
現在では、昭和52年にハウス栽培に成功して以来、露地よりも1カ月以上早く収穫できるようになり、正月前に出荷できるので、お歳暮やお年始に引っ張りだこ、という。

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写真③はハウスの中に整然と並ぶ収穫された晩白柚の壮観さである。

掲出した私の歌のように、香りが爽やかなので、皮を風呂に入れると絶妙の晩白柚風呂になる。
柑橘類特有の果油によって肌がツルツルになる。柚子湯のデラックス版と考えてもらえばお判りいただけよう。
私の歌のように皮を剥くのも一苦労で、力の強い男手が必要である。
身の味は、やはり酸味が強いので、実のまま玄関などに飾って鑑賞してから熟するのを待って食味すると、おだやかな酸味となる。
晩白柚のもてはやされ方をみると、食料の不自由な時期には見向きもされなかったかも知れないと思われる。
世の中に物が満ちあふれ、少しでも変わった贈答品を、という時代になって、もの珍しさも手伝って今日に至っているように見える。
安立氏が、これを下さったのは、もう十数年も前で、以後、安立氏は帯状疱疹でお苦しみで、歌壇との交際も断っておられ私にも音信がなかったが、
音信不通のまま2006年春にお亡くなりになってしまった。
安立氏は、私を歌の道に導いて下さった恩師であった。


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