K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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ゆきふるといひしばかりの人しづか・・・・・室生犀星
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──<雪>の句─3態──オムニバス風に──
   
   ■ゆきふるといひしばかりの人しづか・・・・・・・・・・・・室生犀星

この句の「場」を考えてみると「雪が降っていますね」と言った「人」も、それを聞いている相手、つまり句の作者自身も、部屋の中にいて、
おそらくは障子も閉めきったまま静かに対座しているのだろう。
あるいは別の情景も考えられるだろうが、いずれにせよ、雪が降るのを、じかに目撃しているのではない。
障子の外の世界を鋭敏に感じとって、ひとこと発したまま、また黙ってしまった人。
そのため、部屋の中に満ち足りた情感の世界が、一層濃く形づくられてゆく。
「人」は女性でなければなるまい。
昭和18年刊の『犀星発句集』所載。

こういう短詩形の中に、極めて凝縮された、みづみづしい感性の表現の妙は俳句ならではのもので、余白の部分を、読者にさまざまに想像させる表現の妙、と言える。

こんな句は、いかがだろうか。

   ■降る雪や明治は遠くなりにけり・・・・・・・・・・・・中村草田男

草田男の数多い句の中でも、とりわけ有名な句。今では作者名さえ知らずに、この句を口にしている人も多かろう。
この句の由来は、昭和6年、作者が20年ぶりに東京で小学校上級生当時通学した母校青南小学校(東京、青山高樹町在住当時)を訪ね、往時を回想して作ったものという。
初案は「雪は降り」だった。
「降る雪や」という上句が、「明治は遠く」という中七に、離れつつ大きく転じてゆくところに、この句の秘密があり、有名になり過ぎたにもかかわらず、
或る「ういういしい」感慨が紛れずに保たれているのも、その所為だろう。
「明治は遠く」というが昭和6年であるから、大正の15年をいれても丁度20年の年月である。「十年ひと昔」というから「ふた昔」ということになる。
その伝でいうと、今は平成26年であるから「昭和も遠くなった」という感慨を抱いても、まんざら言いすぎでもあるまい。この句は前にも引いたことがある。

雪に因んで、こんな句も、ある。

   ■雪はげし抱かれて息のつまりしこと・・・・・・・・・・橋本多佳子

多佳子は杉田久女に俳句の手ほどきを受けたのち、山口誓子に学んだ。
彼女は女性の情感のほとばしりや揺らぎを的確にとらえて表現した。
対象を即物的に鋭くとらえる厳しさと、句の表情の豊かさでは、近代女流中、有数の人と言ってよい。
30代後半に夫に先立たれたが、追慕の句に優れたものが多く、この句もその一つである。
はげしく雪の降りしきるのを見つめながら、その景色に呼び覚まされるように、かつて強く抱かれて息がつまるようであった、と当時のことを思い出している。
この句も彼女の代表作で、私も以前に引用したことがある。
昭和26年刊『紅糸』所載。

「雪」にまつわる秀句3つを、オムニパス風に採り上げてみた。
京都では年内に雪の降ることは近年では滅多にないが「竜安寺」の石庭の雪の写真を出してみた。




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