K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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水底を見て来た顔の小鴨かな・・・・内藤丈草
magamoマガモ雄

──季節の一句鑑賞──「水鳥」3態──

  ■水底を見て来た顔の小鴨かな・・・・・・・・・・・・・・・内藤丈草

今日は「水鳥」を詠んだ句三題をオムニバス風に採り上げる。
丈草は芭蕉の高弟で、禅に学ぶところ深く、芭蕉とはとりわけ心の通じあう門弟だったと言われている。尾張犬山藩士だったが、病弱のため「遁世」した。
この句は、鴨が水に潜っては、ついと浮かぶ。そのけろりと澄ました表情に「水底を見て来た顔」を見てとったところが面白い。
丈草の俳諧作者としての天分は、芭蕉一門の数ある作者の中でも抜群だったという。
彼は芭蕉の「さび」の精神を最もよく伝えた弟子と言われるが「飄逸な俳味」においても抜きん出ていた。
その笑いには品格の高さと洒脱さがあるという。『丈草発句集』所載。
写真①は、マガモ雄の成鳥である。

magamo5マガモ雌

  ■海暮れて鴨の声ほのかに白し・・・・・・・・・・・・・・松尾芭蕉

気鋭の俳人として江戸で名を挙げつつあった芭蕉は、貞享元年41歳の時、門人千里を連れて『野ざらし紀行』の旅に出発した。
蕉風確立の基礎をなす撰集『冬の日』を尾張で生んだ記念碑的な旅であった。
上の句は、その滞在中のものである。海辺で一日を過ごした時の作と自注している。
とっぷりと暮れた海づらを、鴨の声が渡ってくる。「白し」は「顕(しる)し」を内に含んでおり、感覚の鋭さが、このような用語法に表れている。
その白く顕きものが、「ほのかに」海を渡って来るから余情が広がったのである。
中七は「鴨の声ほの」「かに白し」と句跨りになるが、これを5、5、7の破調と読むのもよいが、私は句跨りと捉えたい。『野ざらし紀行』所載。
写真②は、マガモの雌である。

p6100002鴨

  ■水鳥やむかふの岸へつういつい・・・・・・・・・・・・・・・広瀬惟然

放浪の俳人惟然は美濃の酒造業の家に生れたが、妻子を捨てて家出し、剃髪して芭蕉晩年の弟子となる。惟然坊と通称された。
天真爛漫に行動する風狂な人となりは、句作にもそのまま表れ、口語の擬声、擬態語を多用して、対象を活写する技法を開発した。
これは、つと口を出る心の動きをとらえる上で優れた技法だった。
「梅の花赤いは赤いは赤いはな」のような句が、よく知られている。
上の句でも水鳥の生態を「つういつい」に活写したが、常にこれが成功する訳ではない。
擬音語や擬態語は印象が強いだけに、惰性的に用いると、たちまち陳腐なものになってしまうからである。『惟然坊句集』所載。

私の住む辺りに一番近いところというと「琵琶湖」が水鳥の大棲息地だが、ここは、かなり前から「禁猟区」になっているので野鳥にとっては天国である。
ここは鴨肉の生産地でもあるが、養殖したり、他所からの移入鳥で仕事をこなしている。

「鴨」「水鳥」というのは冬の季語で、歳時記に載る例句も大変多い。少し引いて終る。

 水鳥や氷の上の足紅く・・・・・・・・・・・・・野村喜舟

 水鳥の沼が曇りて吾くもる・・・・・・・・・・・・橋本多佳子

 水鳥のしづかに己が身を流す・・・・・・・・・・・・柴田白葉女

 寝るときはひたすら眠れ浮寝鳥・・・・・・・・・・・・吉田やまめ

 小閑充実鴨くさきまで鴨の群・・・・・・・・・・・・中村草田男

 幻の母来て 屈む 鴨の岸・・・・・・・・・・・・伊丹三樹彦

 さみしさのいま声出さば鴨のこゑ・・・・・・・・・・・・岡本眸

 抜け目なささうな鴨の目目目目目目・・・・・・・・・・・・川崎展宏

 うたかたとなるまで鴨の漂へり・・・・・・・・・・・・小沢克己

 寝化粧を長しと思ふ鴨の声・・・・・・・・・・・・星野石雀

 見事なる腹が頭上を鴨返す・・・・・・・・・・・・市村究一郎


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