K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
たかまる_NEW

──藤原光顕の歌──(31)

      藤原光顕の歌「これだけの」14首・・・・・・・・・・・木村草弥
            ・・・・・「たかまる通信」No.105/2017.01.01所載・・・・・・・

         これだけの       藤原光顕

  咲き残るランタナの花を陽が移る 小春日の庭にあの人がいない

  ふるさとの愛染川は谷間の細さ 八歩で渡れる橋があった

  検索をかけてもなにも出てこない「赤レンガの家」とあるだけのメモ

  秋が来て古い少年倶楽部を開く 軍国少年は明るく凛々しい

  アマルフィのあの窓の人は何をしているのかそんな画面を見ている

  画面のユングフラウが陰るあの人がもう一度行きたかったあの山

  なんとなく心躍らせて記憶にあるバシー海峡こんなところにあった

  たぶん何かがあって時々思い出すバンコクのゆるい坂下のレストラン

  どの窓も眩しく秋の陽を反す たぶんあの病院で死ぬことになる

  似ていると言えば怒るあの女(ひと)は じゃりん子チエを私は好きだ

  有り合わせ足して5品のひとりおでん5分温めてひとりで食う

  食うなと医師が言う 食いたいと体が言う 八十一歳は体に従う

  いつ何がどうなってこんな秋にいるのか 八十余年が茫々遠い

  これだけのものだったのか八十年が見渡せる丘に紫煙が消える
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いつもながらの光顕ぶし である。 老いの哀歓の影が深い。そして亡くなった夫人への愛が見てとれる。
この冊子の24ページの「詩語録」という余白を埋めるところに私のブログの旧記事の文章を載せていただいた。
これは岡山の詩人の秋山基夫の詩集『薔薇』を鑑賞したものだが2012/04/13の記事である。
これを見ると、藤原さんが私のブログを、よく読んでくださっていることが判る。有難いことである。
こういうことがあるから、ブログに毎日書くことがやめられないのである。執筆者冥利に尽きるというものである。
藤原さんの六番目の歌の「バシー海峡」に関していうと、私の第一歌集『茶の四季』に、こんな歌がある。

   <この海はバシー海峡かの先はフィリピンよと君は言ふなり>

この歌は台湾最南端のガランピ岬で作ったものであるが、藤原さんの歌からの連想である。閑話休題。

藤原さん、有難うございました。 大晦日に冊子は到着したのだが、新年の初仕事としてアップした次第。



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