K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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下山山下『江戸は川柳 京は軽口』・・・・・木村草弥
江戸は川柳京は軽口

──新・読書ノート・・・初出Doblog2005/10/21──(再編集)

   下山山下『江戸は川柳 京は軽口』・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

この本は1992年山手書房新社刊のものである。
著者の「下山山下」という名前からして、人を食っているではないか。
この本の裏表紙のキャッチコピーに

 京童も人の子
 笠づけ句集「軽口頓作」
 夫婦ぜんざい・甘味辛味
 こども・いとし子・邪魔なガキ
 どら息子・いろ娘
 恋心・欲目流し目
 金、金、金の世の中
 仕事・商売・メシのタネ


と書かれている。けだし、この本の特長を巧く要約している。

江戸は川柳京は軽口0001

この本の出だしに、こう書かれている。

「たまには京都へ遊びに行きたいなあ」なんて考えるときがあるでしょう。そういうとき、京都の何を思い浮かべますか。
・・・・・「古都」のイメージでわれわれは京都に憧れてる、たぶん。その京都に、江戸時代のことだが、こういう句を詠んだ人がいた。

 むづかしい・しゃもじなんどと御所の内

「しゃもじ」というのは、もちろん飯をよそったりする「杓子」のことだが、御所では、品がないといって「しゃ文字」と呼んだ。
湯具(女の腰巻)を「ゆ文字」、髪の毛を「か文字」というのも、この類。今でも、これらの言葉は標準語としても生きている。・・・・・・

江戸は川柳京は軽口0002

上に引いた句の5、7、5のはじめの5のあとに「・」を置いたのは著者であるが、これは「川柳」に対抗する「笠句」という文芸であることを示すためである。
「笠づけ」と言われて、「冠句」のように上5が課題として出されるものである。
文芸としてのジャンル上では「雑俳」と呼ばれるものである。
つまり、これは笠づけ句集「軽口頓作」という句集に入っているということである。
川柳とは違う文芸が三百年も陽の目を見ずに埋もれていたのに陽を当てたということである。
以下、この本に載る名作・迷作を少し紹介する。

 これはこれは・つめたい足を夫(とと)どうぞ

 よいものじゃ・つめたい足じゃがかかゆるしゃ

 どうしても・足がさはれば手がさはる


房事での夫婦のやり取りである。「軽口頓作」の句は「口語」(はなしことば)で書かれていることがわかる。
江戸時代の川柳に「末摘花」というエロっぽいアンソロジーがあるが、そこに載る句では

 あっためてくれなと足をぶっからみ

ということになる。
これについて、著者は、次のように書く。

・・・・・この、言葉がキリッと締まった都会人的センス。「軽口頓作」のブヨブヨノロノロした調子とはまつたく対照的だ。なぜこうも違うんだろう。
時代が古い。それもある。「軽口頓作」は1709年の出版。片や川柳の最初の句集は、それより五十年以上あとだった。
京都と江戸という違いもある。平安遷都から900年も天皇を戴いてきた京都と、わずか100年前に武士が幕府を開いた江戸。気候風土も違う。
それから、たぶん作者の中身も違う。「軽口頓作」の句の作者は全然わからないが、たぶん商人や職人、つまり町人と言われる階層の人々が多かった筈で、そういう人たちが詠んだ句の中から雲鼓という宗匠が選んで出来たのが、この句集である。
江戸は武士の町で、彼らは知識階級であり、幼いときから中国の古典なんかも読んでいる。
川柳は「河井川柳」という人が始めた文芸なのである。

この句集でも、やはりメインはエロっぽい句が主流を占める。

 にくいもの・あんまり仲のよい夫婦(めをと)

それが、川柳の「柳多留」という、これも有名な句集では

 そこ掻いてとはいやらしい夫婦仲

となる。どちらがよいか、は読者の判断に任せよう。

 大事ない・毛虫が留守じゃながうなれや
 ・・・・・・・・・・・・・親をさして云也・・・・・・・・・・・(こういう注釈がつく)

 しうとめの留守の炬燵に顔二つ

川柳では、こうなる。(「・」の区切りのあるのが「軽口頓作」である今後は一々断らない)

 くたびれる・ずんずとのびる娘の背

 背がのびりゃ苦は色ぐるひですばいの

 娘もふ筆をかくして使ふなり

 十六で娘は道具ぞろひ也

これは、すなわち、ヘアが生える齢。お月さんはすでに始まってるから、これですっかり女の支度ができた、そういう年齢というわけ。

 ゆだんせぬ・二八ばかりの生ざかな
 ・・・・・・・・・・・・・・・娘子也・・・・・・・・・・
「二八」は2×8で十六歳。いちばん娘盛りの時期。

江戸は川柳京は軽口0003

愛憎が行き着くと「恋に恨み」はつきもの。
図版④は図の下にも説明がある通り「呪いの釘を打つ女」とある。

 ようはする・にくければとて時まいり

いわゆる丑の刻参りを「時まいり」とも言う。江戸でもこれをやったが、京都では貴船神社へお参りするのが代表格だった。
「ようはする」は「よくやるものだよ」くらいの意味。

 何とせう・貴船様めもぬかに釘

肉欲の楽しみを詠んだ句を少し。

 あぢをやる・ろの字なんどのよさはいの

味なもんだよ。「ろの字」の良さったらないもの。ひらがなの「ろ」は、漢字の「呂」の字を崩したもの。
この漢字をよく見ると「口」という字が二つ繋がっている。つまり口と口を重ねるということ「キス」である。
「よさはいの」は「良さつたらないの」である。キスのことは日本では古来「口を吸う」と表現する。

 めにかけて・ちんぷんかんと女子の乳
 …・・・・・・唐人は女の乳をよろこぶもの也・・・・・・・・
長崎出島の廓の風景である。

 小きみよい・日本人でもをなごの乳

この句は、先の句のパロディであろうか。

 丸山の客の騒ぎはチンプンカン

 身を入れてはたらく下女は両用い

 あんのじゃう・旦那の御作玉が腹

 ・・・・・・・・・・・・下女也・・・・・・・・・・・

 おきおきに・下女とらまへてむごいぞよ

 いやならばいいが女房(かかあ)にそう言ふな

 させぬのみならず女房に言っ付ける


江戸は川柳京は軽口0004

図版⑤は「鍛冶や」の図である。

 なるものじゃ・気がいってつに刀鍛冶

 我知らず歯をくいしばる細字書き

 ちがひます・具足屋の気と鑓(やり)屋の気


精を出す職人の働き振りには、率直には感動して、けなさずに描かれている。
いよいよ、この本も終わりにしよう。
「早乙女」を詠んだ、少しエッチな句である。

江戸は川柳京は軽口0005

 かしましや・こらへかねてぞ田へつぶて

 五月女をうしろから見ておやす也


田植えをする女たちが、一斉にこちらへ尻を向けて苗を植えてくる。
それを見て男どもが、いやあ、こりゃたまらん、と石つぶてを可愛いお尻めがけて投げつける、という図である。

 早乙女の股ぐらを
 鳩がにらんだとな
 にらんだも道理かや
 股に豆を挟んだと、ナヨナ


という民謡があったらしい、と書かれている。お分かりかナ。 

 つとめとて・あほと呼ばれてはあいはい

この句には、現代に通じるものがあり、涙がちょちょ切れる。 では、また。
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最近になって、同じ著者による、こんな本を手に入れた。 ↓
下山弘
下山弘

後者の本の版元である太平書屋の主人によると「下山山下」というペンネームは下山弘氏の著作の初期に使われたものだという。
なお、下山弘氏は2011年の秋に亡くなられたという。まだまだこれからだというのに、惜しいことである。

下山弘 略歴。
1938年群馬県前橋市生まれ。青山学院大学文学部卒業。
江戸生活感情史を研究する東京古川柳研究会会員。
著書に『遊女の江戸』 『江戸古川柳の世界』 『江戸川柳─男たちの泣き笑い』
『お江戸怪談草子』 『川柳 江戸の四季』。
それに、今回採り上げた本─『江戸は川柳 京は軽口』があるのは当然である。

あとの二冊については、読み込んで後日、詳しく書きたい。 乞う、ご期待。


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