K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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春雷やかの日の銀の耳飾り・・・・・坪内稔典
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       春雷やかの日の銀の耳飾り・・・・・・・・・・・・坪内稔典 

季節が冬から春に移ってゆく頃に「春雷」が鳴るものである。 夜明けなどに鳴ることが多い。
この句は「かの日の銀の耳飾り」とだけ詠んで、多くを語らないが、読者にさまざまに想像させて、秀逸である。
「春雷」は別名「虫起し」とも言い、そのことは3/5付けの「啓蟄」のところでも書いた。

私の歌にも

    春雷一閃あやとりの糸からみつつ迷路(ラビュリントス)をくぐりゆくらし・・・・・・・・・・・木村草弥

というのがある。
この歌は私の第二歌集『嘉木』(角川書店)に載るものである。
この歌を発表したときも評判は良くなかった。やはり判り難いということである。
この歌は「春雷一閃」「あやとりの糸」「からみつつ」「ラビュリントス」などの言葉が日常生活の情景と、どう関わるのか、というわけである。
この一連は「神経叢」という標題のもので8首の歌から成るが、全体として「暗喩」を利かした歌作りになっている。
ここで、そのメタファーを解き明かすことは、しない。いいように鑑賞してもらえば有難い。
一つだけヒントを差し上げると、掲出した写真の春雷の「いなづま」が「あやとりの糸」に見えないだろうか。
要は「想像力」の問題である──「メタファー」というのは。

以下「春雷」を詠んだ句を引いて終わる。

 下町は雨になりけり春の雷・・・・・・・・・・・・正岡子規

 比良一帯の大雪となり春の雷・・・・・・・・・・・・大須賀乙字

 再びの春雷をきく湖舟かな・・・・・・・・・・・・富安風生

 春雷や俄に変る洋の色・・・・・・・・・・・・杉田久女

 春雷や刻来り去り遠ざかり・・・・・・・・・・・・星野立子

 春雷や三代にして芸は成る・・・・・・・・・・・・中村草田男

 春の雷焦土しづかにめざめたり・・・・・・・・・・・・加藤楸邨

 あえかなる薔薇撰りをれば春の雷・・・・・・・・・・・・石田波郷

 句縁ただ仮りそめならず春の雷・・・・・・・・・・・・石昌子

 三山の天心にして春の雷・・・・・・・・・・・・沢木欣一

 春雷の闇より椎のたちさわぐ・・・・・・・・・・・・飯田龍太

 春雷の七十歳はなまぐさき・・・・・・・・・・・・伊藤白湖

 春雷を殺し文句のやうに聴く・・・・・・・・・・・・鈴木栄子

 春雷の余喘のわたる野づらかな・・・・・・・・・・・・鈴木貞雄

 窯出しの壺がまづ遇ふ春の雷・・・・・・・・・・・・辺見京子

 鞭のごと女しなえり春の雷・・・・・・・・・・・・岸本マチ子

 鶸飛べり出雲平野の春の雷・・・・・・・・・・・・葛井早智子

 幸せも過ぎれば不安春の雷・・・・・・・・・・・・黒田達子



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