K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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海女とても陸こそよけれ桃の花・・・・・高浜虚子
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       海女とても陸(くが)こそよけれ桃の花・・・・・・・・・・・・・・・・・高浜虚子

この句には <4月8日。志摩外海に海女の作業を見る> の前書きがある。
だから本日4月8日の日付にこだわってアップした。昭和23年の作品である。

海女の素もぐりの作業というのは過酷なもので、体は冷えるし、海女小屋で焚き火をして暖めるなどの休息が必要である。
虚子は、そういう労働を目の前に見て、「海女にもやはり陸がいいのだろうな」という感慨を抱いたのであろう。
この句は昭和23年の作品というと、その頃は、まだ海女の衣装は伝統的な白い木綿の磯着だったろう。
今では画像②のように海女もウエットスーツ着用である。
後日この旅の先導役を務めた橋本鶏二の話によると、「ホトトギス」では多作で鳴る鶏二が舌をまくほど、虚子は句帖を開きづめであり、
さすがの鶏二も、その気迫に圧倒される思いだったという。この年、虚子は75歳であった。

「ホトトギス」というと、短歌における「アララギ」と同様に、俳句界を一世を風靡して、いわば肩で風を切るような威張り方であったようである。
短歌界では先年、「アララギ」が解散して、昔の威勢もどこへやら、という昨今であるが、俳句界でも新興の前衛俳句などが出現して、今や様変わりの様相であるように見える。
一方で、老年者の増加で「俳句でも」という「でも俳人」が増え、それらの人々は概して「ホトトギス」的な写生句を作りがちであるから、「ホトトギス」も暫くは安泰であろうか。
私は、どちらかというと、「ホトトギス」的な写生句は好きではない。
私は現代詩から短詩形に接近したので、「詩」のない作品は評価しない。それは写生、非写生の如何を問わず、である。
以下、虚子の作品を少し引いて終わりにしたい。

 その中にちいさき神や壺すみれ

 永き日を君あくびでもしてゐるか──古白1周忌──

 子規逝くや十七日の月明に

 三つ食へば葉三片や桜餅

 村の名も法隆寺なり麦を蒔く

 秋空を二つに断てり椎大樹

 大寺を包みてわめく木の芽かな

 葡萄の種吐き出して事を決しけり

 木曽川の今こそ光れ渡り鳥

 蛇逃げて我を見し眼の草に残る

 手をこぼれて土に達するまでの種

 目さむれば貴船の芒生けてありぬ

 たとふれば独楽のはじける如くなり

 水打てば夏蝶そこに生れけり

 虹消えて忽ち君の無き如し──三国の愛子に──

 蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな

 独り句の推敲をして遅き日を


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