K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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花の下黙し仰げばこの世とはこの束の間のかがよひに足る・・・・・米満英男
edo7-9_la矢羽根
 ↑ 矢羽根
米満歌集

      花の下黙(もだ)し仰げばこの世とは
         この束の間のかがよひに足る・・・・・・・・・・・・・・・・・米満英男


私の私淑していた米満英男氏の『游以遊心』(短歌研究社2007年刊)という歌集に載る歌である。
これまでに『父の荒地・母の沿岸』 『花体論』 『遊神帖』 『遊歌之巻』とほぼ10年ごとに出されて、第五歌集となる。

はじめに、この「游」という日本では余り使わない字の解説をしておく。
「游」という字は①およぐ②あそぶ、と辞書には書かれている。
現代中国では、この字は「旅游公社」のように「遊ぶ」の意味の熟語として日常的に使用される。
日本で日常的に書くシンニュウの「遊」を使う代りである。「游」の字は、本来は「泳ぐ」意の原字である。
「游子」と言うと、李陵の詩にあるように「旅人」「旅客」を表す。また、たとえば北川省一『良寛游戯』という本の題名になったりしている。
この歌集の「あとがき」で作者は、次のように書く。

──しっかり詠み込もうとする限り、たとえばその<游(およ)ぎ>と<遊(あそ)び>との様子を、いかなる視軸からにせよ、確りと捉えて見詰め直し、その多様な<遊び様>を組み上げるしか、方途はなかなか見付けられないと感じました。──

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   矢羽根本黒(もとぐろ)つがへたるその標的に白桃ひとつふくらみてをり・・・・・・・・・・・・米満英男

この歌集の中ほど103ページに、この歌をはじめとして「晩年の住処(すみか)」という8首の歌からなる一連がある。
煩をいとわず書き出してみる。

    晩年の住処

  矢羽根本黒(もとぐろ)つがへたるその標的に白桃ひとつふくらみてをり

  家族(うから)の匂ひ残る湯槽に浸りつつ何(いづ)れ何時しか皆(みんな)と別る

  日日(にちにち)の縞目のらくら掻い潜り生き来しからに心身斑(まだら)

  貌洗ひ洗ひ重ねし数忘れいつしか晩年の住処に至りぬ

  体内に在る水つねに出入りして時に冷たく時には温(ぬく)し

  眼鏡拭ふ合間にテレビの画面かはり些かは世間進みをりたり

  口中に温もる舌の嵩(かさ)張るを気にしつつ誦(とな)ふ般若心経

  地に敷ける花踏み散らし仄白(ほのじろ)く伸びゐる道を尽きるまでゆく

この「矢羽根」の歌を、簡単に素通りして貰いたくないのである。
この歌は「暗喩」メタファーになっている。読み解いてみよう。
「矢羽根」とはpenisの謂いである。その矢羽根の「本=もと」は「黒」ぐろとしている。つまり男の陰毛の喩である。
そして、つがえた矢の、かなたの標的には「白桃」ひとつふくらんでいる、という。
「白桃」とは「シンボル・イメージ辞典」にも明記されているように、女のふくよかな「臀部」=秘処を表す「約束事」になっているのである。


さりげない表現の体(てい)を採っていながら、作者の心の裡は、瑞々しい精気に満ちて心気隆々である。
今日のBLOG全体の掲出歌を「矢羽根本黒」にしたかったのだが、さすがに控えて「花の下」の無難な歌を選んだのだったが、この歌を含む一連も、この歌集の「巻頭」に載るものである。
書き出してみよう。折しも「落花しきり」の候である。

    桜花面妖

  花の下黙(もだ)し仰げばこの世とはこの束の間のかがよひに足る

  風のはこぶ淡くあやしき囁きを手繰り寄すれば花と逢ひたり

  孤立無援といふ語宜しも一本の桜が雨中にざぶざぶ禊ぐ

  むかし眺めしさくらけふ見るさくらばなそのあはひを繋ぎ来し花遍路

  やまとに生まれさくらに憑(つ)かれ過ぎて来し身を終へるなら桜樹(あうじゆ)の柩

  乳のしたたる如くに花の散り初めしその辺りいちめん胸処(むなど)匂へり

  姦淫の目もてさくらを見詰めゐし祟りか夜中にまなうら痒し

  いづこより生まれ来りてさて何処へ去るや今生の花を誘(いざな)ひ

  花の下より立ち去る際(きは)にうかつにもわが影を連れ出すを忘れぬ

  さくらさくら人に見らるる栄、辱を振り払ふごとただ散り急ぐ

  西行の背を見失ひはてと佇つ行方うすうす桜花(あうくわ)面妖

この一連も、さまざまの「喩」に満ちて楽しめるのであるが、6首目の歌の「喩」なども読み解いてほしい。
歌詠みの先達として「西行」が居るが、この一連の終わりには、しっかりと彼が詠み込まれている。

米満英男氏については前にも記事にしたことがあるので参照されたい。
以下、この歌集に載る私の好きな歌を引いて終わる。

  追ひ追ひて捕り得ざりしもの文芸と女心のその深き絖(ぬめ)

  しどろもどろと言ふ語を<源氏>に見出しぬ唯それのみにて本日愉(たの)し

  喜寿すでに過ぎしうつつに仰ぎ見る天空ならぬ地空の冥(くら)さ

  真夜の湯槽に沈めし肉の彩づけば過ぎ来し方は残夢ざぶざぶ

  湯を沸かす只それのみの間を見つめ現世(うつしよ)と呼ぶ卓に坐しをり

  不時の災ひ待ち侘ぶるごと曇天の下にて約束の女待つ間(ひま)

  何なすといふ訳もなくさし伸ぶる手の先にひとつ檸檬(れもん)の楕円

  共に棲むつれあいとはいへ飲食(おんじき)の好みの違へけふ芋と豚

  沐浴する女人の油絵ほのかなる脂(あぶら)のにほひを放つ 禍津日(まがつび)

  わが晩年もおほよそ挵(せせ)り了(を)へたりき去る卓上に魚骨残して

  妻とわれの覗けぬ狭間ひと瓶のワイン血溜りのさまに鎮もる

  箸洗ひまた汚しゆく反復の果つるときわが肉身は果つ

  歌侮りし頃もありたり紅葉の散り敷く前途遠く間近く

  氷見に喰らひし青鯖旨しせめて生き腐(ぐさ)れとならず遂げむ一生(ひとよ)を

  がばと飛びたる家鴨(あひる)それそれ彼奴(きやつ)でも飛びたいときはありませうな

  忘れ切つたる尾骶骨何となく痒き夜更けほろりと歌一首生む

  不意に鳴るこころの音叉一行の詩に封じ込めその音隠す

  雅兄(がけい)宛と記されし書簡受け我は何方(どなた)の雅(みやび)の兄たるか知らぬ

  一気呵成 すなはちこころ狩るに似て心神仄かに血の匂ひ充つ

そして、巻末の歌は

   一言一行 師匠無くはた弟子もなく歌を詠み来て半世紀過ぐ
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米満氏は多芸の人で、この歌集のカバーの装丁も、ご自分でなさった。
その米満氏も2012年2月20日に亡くなられた。
彼の亡くなったときの記事も見てもらいたい。
ご冥福をお祈りする。

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