K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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村島典子の歌「あいまい」31首・・・・・・・・・木村草弥
晶_NEW

──村島典子の歌──(29)
    
     村島典子の歌「あいまい」31首・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
                      ・・・・・「晶」97号2017/03所載・・・・・・・

             あいまい         村島典子

  ヴィオロンの音色かなしきこの秋は耳傾くる犬のあらなくに
  そのやうに綺麗なこゑに鳴く鳥はくぬぎ林の木末(ぬれ)の方に
  あいまいな夕べの時間たそがれの空を来たれり地を覆ひたり
  屑かごに捨てにしわれの歌の反故音たつるなり間をおきて二度
  卓上に秋日を曳きてさ緑の冊子あらはる「続・森岡貞香歌集」
  図書館にて一日まへに借りたりしわが卓上の「森岡貞香断章」
  この日ごろあの世にいます人の書物読みふけるなりたか子と貞香
  声だして笑つてしまふ貞香のうた事故さへふしぎな図形をもてり
     「けふここに人と車と衝突し白墨をもて描きありたり」 (『黛樹』)
  毒ガスといかで読みつる垂れて来しゴム管は酸素と人の言ひしを
     「酸素ぞとゴム管かほの上に垂れてきぬ息のしづまり死なざりしかも」 (『未知』)
  いかでわが曖昧ならむ出掛けむと立つときスリッパちぐはぐに履く
  川端の草ぐさ見むと迂回せり数珠玉もある長沢川には
  野ぶだうの瑠璃のつぶ実を目の端におきてぞ歩く長沢川端
  屈折のわたしの心立ち直りなはしろぐみの一枝折りきつ
  「生椎茸」とふ箱より出づるは椎茸の菌床なりき面妖なるもの
  蓬莱山のすそに立つなり冬の虹ふとき脚もつ全きかたちに
  虹めざし車をかくる太き虹の近づくたびに道退きにけり
  このあたり岩切さんの住まひあらむ琵琶湖大橋はし詰わたる
  高島の勝野のあたりもう一つ虹出づるみゆみづの息たつ
  変形のセコイアをいふあけぼのすぎ対称形のもみぢの樹林
  野坂山のもみぢ背向に黄葉をはじむる杉のなみだぐましも
  ぞろぞろと車も人もゆくものか五百本の黄葉樹林
  メタセコイアの葉のぎざぎざの鋸歯見あぐ巨大なる鳥五百羽の鳥
  強風にちぎれし枝ののこぎり葉振りあるくひと幾人も見つ
  拾ひたるメタセコイアのもみぢ葉をしばらく持ちしが道端に捨つ
  垂直に樹はたつものを水平に過りゆくなり人も車も
  五百本の曙杉がいつせいに黄の葉を降らす静寂(しじま)をおもへ
  返事もらへぬ手紙百通書きしこと一途な恋をけさ思ふなり
  極月のあしたの月のもちづきの湖の上にあり嘉(よみ)するごとし
  できるだけ長生きをして俺よりは先に死ぬべしと息子の言へり
  声がはりせし三人のうしろから末の子のボーイソプラノが来る
  十人の食事つくればわたくしの七十二歳も生き生きとせり
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村島さんから恒例の「晶」誌を賜った。
いつもながらの旺盛な作歌に敬意を表する。
琵琶湖西岸に位置する高島市のメタセコイアの並木道は有名らしい。
写真を撮る人のマナー違反がニュース種になったりしている。
私はまだ見ていない。 昨年初夏に体調不良になって以来、すっかり出無精になってしまった。
おまけに、この一月末の実兄の重信の死にショックを受けている。 虚弱児だった私と違って兄は頑健だったので定期的な検診をしていなかったらしい。
悪性リンパ腫の見落としで体調が悪くなったときは末期で手の打ちようがなかったらしい。
余計な愚痴をこぼしてしまった。 
ご恵贈ありがとうございました。 これからも益々のご健詠を。


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