
金雀枝(えにしだ)や基督に抱かると思へ・・・・・・・・・・・・・・・・・石田波郷
エニシダの咲き誇る季節になった。
もともとエニシダはヨーロッパ原産の植物である。
私にはキリスト教と深く結びついている木のように思える。
私の歌に次のような作品がある。
金雀枝(えにしだ)は黄に盛れどもカタリ派が暴虐うけしアルビの野なる・・・・・・・・・・・木村草弥
エニシダは地中海原産で、ヨーロッパに広く野生化している。日本には中国を経て、延宝年間に入ってきたと言われる。
オランダ語ではゲニスタやヘニスタと呼ばれていたが、日本ではエニスタと言われるようになり、今のエニシダになったという。マメ科の落葉低木。
この歌は1998年5月に南フランスに旅した時にボルドーの内陸部のアルビに立ち寄った時の歌である。
アルビというと、画家ロートレック(日本では慣習的に「ロートレック」で呼ばれるが、正しくは「トゥルーズ=ロートレック(ロトレック)」でひとつの姓である)の故郷で、
その美術館も見たが、ガイドがさりげなく説明した「異端審問」で、この地でカタリ派が受けた暴虐を思い出して歌にしたものである。
アルビの野は、それらのカタリ派の無惨な血の記憶が染み付いているのである。
エニシダは初夏の花である。この歌は第二歌集『嘉木』(角川書店)に載っている。
この歌のすぐ後には
まつすぐにふらんすの野を割ける道金雀枝の黄が南(ミディ)へつづく
が載っている。高速道路の路傍には、文字通り「エニシダ」の黄色が果てしなく続くのであった。

「異端審問」あるいは「魔女狩り」というのは、キリスト教の歴史の中でも「負」の遺産として語り継がれているが、旅の中でも、こうした心にひびく体験をしたいものである。
そして、深く「人間とは」「神の名のもとに」という愚かな蛮行を思い出したい。
そんな意味からも、掲出した石田波郷の句は、私には関連づけて読みたい作品だったので、引いてみた。
「カタリ派」については、← ここにリンクした「世界宗教大辞典」の記事に詳しい。長いものだが参照されたい。
以下、エニシダを詠んだ句を少し引く。
えにしだの黄色は雨もさまし得ず・・・・・・・・高浜虚子
えにしだの夕べは白き別れかな・・・・・・・・臼田亜浪
エニシダの花にも空の青さかな・・・・・・・・京極杞陽
金雀枝(えにしだ)や基督に抱かると思へ・・・・・・・石田波郷
金雀枝やわが貧の詩こそばゆし・・・・・・・・森澄雄
金雀枝の咲きそめて地に翳りあり・・・・・・・・鈴木東州
金雀枝の黄金焦げつつ夏に入る・・・・・・・松本たかし
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